私も人間なので、相性の悪い本や、蒐集のムラはあります。例えば、コミカルなタッチのミステリや、青春小説を発表した、ゆうきみすずさんや、アメリカ在住ということで洗練されたセンスの持ち主・青山えりかさんなどは、ほとんど読めていません。申しわけない限りです。また、コバルトで活躍された藤本ひとみさんが、ティーンズハートではミステリを書いていて、この二つの文庫にまたがった執筆は珍しい例なのですが、これも未蒐集です。
しかし、分かる限りの作家でも、もう3回も費やしてしまいました。そろそろ、次へ進まなければ、と思いながら、印象に残る作家をご紹介していきます。
まず、小野不由美さん。もはや説明するまでもない、ホラー・ファンタジイの大家ですが、そのデビュー作は、ティーンズハートの「バースデイ・イヴは眠れない」でした。
この小説は、筆力はあるものの、ある意味たわいないサスペンスで、続く「メフィストとワルツ!」では、ややミステリ要素が濃くなりますが、あまりヒットしなかったようで、ご本人も気に入っていないのか、後に小野さんのブームが来て、代表作の「悪霊」シリーズが復刻されても、この2冊は絶版のままだったので、今では高値を呼んでいます。まあ、読まなくてもそんなに困る内容ではないのですが……。
その後に、小野さんの本領を発揮した、本格的なゴースト・バスターの「悪霊」シリーズがヒット、更に、あとで触れるホワイトハートでの「十二国記」シリーズが大好評を収め、現在に続くわけです。
ホラー関係では、これも今は大家の竹河聖さんも、「聖狼学園一年生」を一冊だけ出しています。このときには、「風の大陸」などをすでに書いていて、この作品も完成度の高いホラーです。
他でデビューした作家を、あとふたりだけ、ご紹介しておきましょう。これもあとで出てくるMOE文庫スイートハートの「ありのままなら純情ボーイ」(MOE文庫では矢崎ありみ名義)でデビューした矢崎麗夜さん(現在の名前は矢崎存美さん)は、「雨を呼ぶ少女」「あなただけこんばんは」「西武池袋線ラブストーリー」を書いています。現在の「ぶたぶた」シリーズ(徳間デュアル文庫)につながる、ハートウォーミングでほのぼのとしていながらも、どこか奇妙な、「こういう小説が書けるのは矢崎さんだけ」と思わせる、アーバン・ファンタジイ(異世界ファンタジイに対して、現代の都市で起きる幻想物語)です。異常な状況に、主人公がすんなり順応してしまうのが、矢崎さんの持ち味でしょう。
牧村優さんは、ホラー・ファンタジイ「霧の学園」と、リリカルなSFファンタジイ「星降る街で」の2冊を書きました。骨格が太い中にも詩的な味わいのある作品ですが、牧村さんは、現在、樋口明雄として、アクション小説で活躍しています。ただ、「星降る街で」には思い入れがあったらしく、後に、同じ街を舞台に、「翔べ! フライングマシーン」という、やはりSFファンタジイを、白泉社から大きい判型で出されています。
あとひとりだけ。ティーンズハートの後期で、「すごい新人が現われた!」と同業者間で評判になったのが、アーバン・ファンタジイの飯田雪子さんです。「忘れないで…」でティーンズハート大賞に入選後、「あの扉を越えて」「眠る記憶」などで、ものすごく雰囲気のあるファンタジイ世界を展開しました。1994年の作家です。
特に「あの扉を越えて」は、私のデビュー作「夏街道」と同じ、異次元ファンタジイを、女の子同士の友情の物語として、はるかにうまく描いており、正直なところ、「ああ、負けた……」と思ったものでした。
飯田さんとは、のちに新書判のプランニングハウス「ファンタジーの森」シリーズでご一緒していますが、とても評判のよいものでした。もちろん、飯田さんのほうが。
まだまだ取りこぼしはあるでしょうが、さすがに限度があります。
こうして全盛を誇ったティーンズハートですが、思わぬところから崩れていきます。それは、読者の低年齢化でした。
最初は女子高校生をターゲットとしていたのですが、非常に読みやすいところから、中学生も読むようになり、それにつれてX文庫の宣伝も、「中高生に人気の」となっていきます。
問題だったのは、その中で、書き手があえて低年齢を対象にするようになったことです。はばかられますが、具体的に、売れっ子作家の中で名前を挙げると、折原みと、小林深雪、小泉まりえなどの作家が挙げられます。
折原みとは、最初は漫画家が小説を書く、ということで注目され、高校生向けの恋愛小説を書いていましたが、いい意味でも悪い意味でも、流れに敏感な人のようです。バンドを結成するなど、自分のスター性を強調しながら、しだいに内容が低年齢化していきました。ついには、毎日小学生新聞に「オリハラ国ものがたり」というエッセイを持つようになりますが、このエッセイの内容については、またブームになってからの小説の内容にも、私は激しく疑問です。それまでのティーンズハートには、若い人にとって必要な、自立心と反抗心がくっきりと浮かび上がっていましたが、折原作品の、具体的に言うと「時の輝き」以降は、ある種、体制への諦めと、空疎な前向きさがあり、エッセイも「自殺する勇気があれば何でもできる」のような、口当たりの柔らかいただのお説教だったりして、私に子どもがいたら、ぜひ読ませたくないものです。
小林深雪も、最初は大人びた小説を書いていましたが、これも流れを敏感に察知し、作品とイラスト(他の人のコンビですが)をお子さま向けにして、今も続いています。
小泉まりえは、最初から中学低学年〜小学校高学年を狙った作品作りです。当時(1990年代)、ひとに聴いた話では、中一の妹が愛読しており、自分に恋愛経験がないから、擬似的に恋愛の話を楽しんでいる、ということでした。
それならそれでいいじゃないか、と言われそうですが、ぶっちゃけた話をしてしまうと、この人たちの話には、「骨」がありません。バカにされてもしかたのない内容です。初期のティーンズハートには、成長、自立、特に女の子の能動的な自立という主題が、しっかりと流れていました。
また、読者が低年齢化するということは、そんなにお小遣いを持っていないということでもあります。花井さんの月3冊を買い支えることはできません。約1200円ですから。
こうして、読者への、作家自身の迎合が、レーベルを崩していきました。低年齢化に対応して、1991年、X文庫はホワイトハートシリーズを立ち上げ、かなり大人向けの恋愛小説や、骨格のしっかりしたファンタジイを出すようになります。
現在では、ティーンズハートの初版部数はかなり少ないものになり、また、毎月出てはいません。ホワイトハートは、「十二国記」という鉱脈を掘り当てた(というより、小野さん自身の努力だと思いますが)ことにより、続いていますが、月の発売点数は、かなり絞られています。
ティーンズハートは、90年代後半に、崩壊していきました。それは、ジュニア・バブルの崩壊と、時を同じくしていると言えるでしょう。
「崩壊」とはっきり書くと、今もがんばっている皆川ゆかさんや秋野ひとみさん、それに編集部の方に怒られそうですが、往年の100万部の時代を知っている人間には、そう表現するしかないのです。
しかし、ティーンズハートの成功は、多くの波紋を呼ぶことになります。その成功に触発されて、数多くのジュニア文庫が創刊されました。次回からは、それを見ていきましょう。
ここで、ちょっと箸休めです。私の書き方だと、ティーンズハートは粒揃いのように見えますが、作家数が200を軽く突破する、ヒットシリーズです。中には、何でこんなものまで? という珍品もあります。
例えば、桜沢恵美の「大江戸えんじぇる捕物帳」。冒頭、与力の息子が、火の見櫓の上から遠眼鏡で永代橋を見ている――時代考証にうるさい方なら、この辺で怪しさを感じるでしょうが、その後も時代考証はむちゃくちゃなまま(与力の家で、当主が行方不明になっていて跡継ぎがいないのに養子を取らない、とか、その与力の家は忍者の末裔だった、とか、ヒロインの特技が十二星座占いだとか)炸裂したストーリーが脳みそを爆発させますが、これはたしか、4作続いたはずです。
あるいは、ティーンズハートで口に出すのが恥ずかしいタイトルのベスト3に入る、七瀬みしか「うにゃにゃのにゃこちゃん一人旅」。独身男性の方は、彼女の前で、このタイトルが口にできたら、次の瞬間彼女は喫茶店の席を立って二度と戻らないと思いますが、内容も奇想天外、と口当たりよく表現しておきます。猫が人間になるところまでは、特に問題はありません。猫が人間になる、あるいはその逆のプロットは、ポール・ギャリコの昔からあり、ジュニア文庫では「人のいい吸血鬼」と双璧をなすほどたくさんの作品数があって、一ジャンルとも言えるほどです。
しかし、その猫人間が、クラブ活動で奥の細道をたどるツアーに出て、そのうちに、今も続いている伊賀と甲賀の忍者対決に巻き込まれるとあっては、脈絡を考える暇もありません。なぜ、猫である必要があったのか、おいてけぼりにされてしまいます。
こういう珍品や、あと、読んでいても、タイトルを口に出したら100倍恥ずかしい「本気だぜ。命賭けて守ってやる」(彼女の前でこれを口に出したら……以下略)などの、いわく言い難い作品も取り混ぜてのティーンズハートだった、ということも、頭に置いて欲しいところではあります。
原稿受取日 2004.5.22
公開日 2004.6.10
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