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もっと光を ― ゲーテと印象派と終わりのクロニクル ―0.はじめに
絵、イラスト、グラフィックス。
そうしたものは本来自由に描かれて、自由に見られるべきものです。 1.「終わりのクロニクル3」の不思議な色彩
まずは、さとやすさんの描いた電撃文庫刊、川上稔さん著「終わりのクロニクル3 上中下巻」の
3冊の表紙イラストを見て下さい。形ではなく色を見て下さい。
これらはとても面白い色使いをしています。3冊とも少女が描かれていますが、その服の色は一体何色でしょうか?
ぱっと見ると上巻は水色、中巻は紫、下巻は黄色に見えます。
でも単純にそうと言えるでしょうか? よ〜く見てみましょう。
周囲に断らずにこういう絵をじーっと見ていると変な人だと思われるので気を付けましょう。
中巻が一番良く分かりやすいのですが、光が強く当っている部分は白で描かれており、
影になる部分は胸の下半分では黄色、スカートの裾は黄→赤紫→青紫→青へと変化しています。
同じように髪も影の部分が色で塗り分けられています。
3冊の色の使われ方を表にしてみましょう。
(ここで、下巻には髪の代わりに腕の色を挙げています。これは下巻の少女の髪が黒髪のためです。
上巻、中巻の少女は銀髪、金髪で、服の袖が黒っぽい。
下巻は少女が黒髪ですが、代わりに服が袖なしで肌が見えている。
つまり配色上、腕と髪は同じ役割をしているのです。)
この表から、どうやらおおざっぱに明るいところから暗いところへと
白→黄→青という色を塗っている傾向があることが分かります。
しかしその途中で使っている色はバラバラのようでイマイチ関係が良く分かりません。 2.色環で見てみよう 色環(12色)
色環というのはその名の通り色をぐるりと丸くならべたものです。色相環とも言います。
これそのものは見たことがなくても、
CGソフトの色の選択画面や化粧品のパレットなどで似たようなものは見たことがあるのではないかと思います。 「終わりのクロニクル3 上中下巻」の色使い
じゃんじゃじゃーん。(効果音) 3.ゲーテの色彩論
ゲーテというのは、あのゲーテです。「ファウスト」とかを書いた詩人で哲学者のゲーテです。 ゲーテ以前の色=光の並べ方
ゲーテよりも前の時代、色は一直線上に並べて考えられていました。
両端は赤と紫で、赤の方から見ると順に、おおまかに赤→黄→緑→水色→青→紫となっています。
しかしゲーテはこの一直線の並びでは、「人が見る色」を説明できないことに気付きます。
光がとても強いと、それが何色であっても白く見えます。
逆に光がとても弱いと何色であっても暗くて黒に見えます。
ここで白く見える光を弱くしていったら、あるいは暗くて何も見えない状態から光を強くしていったら、
何色が見えてくるでしょう?
ゲーテは実験から、光が強過ぎて白しか見えない状態から光を弱くすると、
まず黄色が見分けられることに気付きました。
逆に暗くて何も見えない状態から光を強くすると、最初に見分けられる色は青でした。 色が見分けられる様子(これはあまり正確ではないですが、 こんなイメージだと考えて下さいませ。汗)
しかし、ここで驚くべきことが起きるのです。
赤紫?そんなの普通の色じゃないかというそこの貴方。よくお考え下さい。
人の目は赤外線も紫外線も見えません。ですから、先ほどの一直線に並べた光のモデルからも分かるように、
赤紫の光というのはないのです。
ところが現実に赤紫という色があり、赤紫色のものがある。
つまり人はただ光を見て色を一直線に並べているのではなく、
赤紫という色を目の中で補って、両端にある赤と紫をつなげているのです。 人の目は光に赤紫を補って色の環を作る
となると、色の並びは一直線よりも丸く並べた方が説明しやすい、とゲーテは考えました。
こうしてゲーテの色環ができあがったのです。
(ゲーテのおよそ100年前にもニュートンが色環に近いものを考えていました。
けれどもニュートンの色環はあくまで光の環であり、
「人の目が感じる色」を丸く並べたのはゲーテが初めてです。)
・白とはまぶしくて色が見分けられないこと。
これらのことは、後の研究者たちによってより詳しく、細かく研究されていきます。
上の色環も実はゲーテの考えた色環そのものではなく「オストワルト色環」というものなんですけれども、
大した違いではありません。
基本的なところは200年前のゲーテの考えがそのまま今でも使われています。 (「ファウスト第二部」より)
さて、ここまで読んで頂ければゲーテの色彩論と、
最初のさとやすさんのイラストが随分と深い関係にあることがうすうす感じられると思いますが、
せっかくですのでもうちょっと遠回りしたいと思います。
ゲーテがこうして色彩論を発表すると、当然ながら関心をもつ人たちが出てきます。
それはどういう人たちかというと、何を隠そう絵描きさんたちです。
光と色の関係を説明したゲーテの色彩論は、
絵描きさんたちにとって強力な武器になったのです。
何故か?
それは現実の光景は光でできているのに対し、
残念なことに絵書きさんは色を塗ることしかできないからです。
キャンバスを使っていても、ケント紙でも、あるいはディスプレイ上でCGソフトで塗っていてもこれは一緒。
いつの時代も絵描きさんは、光を塗ることはできません。
光を表現したければ、代わりに色を塗るしかないのです。 4.色で光を描く ― 色彩の革命 ―
まずは次の絵をご覧下さい。ゲーテと同じ時代の画家、
ジョセフ・マロウ・ウイリアムズ・ターナーの「ベネチア湾の眺め」という絵です。 ターナー「ベネチア湾の眺め」
ターナーは光り輝くベネチアの海と街を描きたかったのでしょう。
その光景を彼は白と黄色と青、たった3色の色で表現しています。
一応断っておきますと、ターナーだって絵によっては赤や緑も使っているのですが、
ここでは意図的に極端な例を挙げています。
ターナーの典型的な作風といえばやはり白と黄色と青なのです。
色環で表わすとこうなります。 ターナー「ベネチア湾の眺め」の色使い
これは、ゲーテの色彩論の
・白とはまぶしくて色が見分けられないこと。
を地で行っているように見えます。
実際、ターナーがゲーテの「色彩論」を読んでいた可能性は非常に高いと言われています。
この色使いでターナーは「光の魔術師」、そして後に「印象派の先駆者」と呼ばれたのでした。
ターナーが「印象派の先駆者」ならば、本家「印象派」はどういう色使いをしていたのでしょう。
次にターナーより50年ほど後に活躍した印象派画家ベルト・モリゾの「読書する少女」という絵をご覧下さい。 モリゾ「読書する少女」
ここまで読んでこられた貴方なら、印象派の色使いが実に豊かであることが
もうお分かり頂けるのではないかと思います。
この色の変化、そして大胆な白の入れ方。今でもCGを塗る時に十分に参考になりそうです。
少女の髪と肌は強く光が当る白から、黄色、若干の緑を含みながら赤→紫へと変化していきます。
服は白から、黄色、若干の赤を含みながら緑→水色→青と塗られています。
バックの観葉植物にもご注目下さい。パッと目は緑ですが、ここもやはり白→黄→緑→青と塗り分けられています。 モリゾ「読書する少女」の色使い
印象派は色環をぐるりと囲むように色を使っています。
こうすることで、ただ光が感じられるだけでなく、色同士がなじむのです。
先ほどのターナーの「ベネチア湾の眺め」も光の感じられる絵でしたが少しギンギンしています。
それに対してモリゾの絵はやわらかな光があるように見えないでしょうか?
・白とはまぶしくて色が見分けられないこと。
に当てはまります。どーだ、凄いだろ。(お前がやったんじゃないって。>自分) 5.そして再び終わりのクロニクル
さあ、それでは再びさとやすさんの「終わりのクロニクル3 上中下巻」の表紙イラストを見てみましょう。
ゲーテならこう言うのではないでしょうか。
次に色環でターナー、モリゾの絵と「終わりのクロニクル3 上中下巻」の表紙の色使いを
改めて比べてみましょう。
もう一目瞭然。さとやすさんの「終わりのクロニクル3 上中下巻」の色使いは印象派と同じ流れの上にあるのです。
もちろん、単純にゲーテ→印象派→さとやすさんという訳ではなく、
間に沢山の研究者や画家やイラストレーターさんの試行錯誤と紆余曲折があります。
例えば色環にもいろいろ種類があって、
黄色の反対側に紫を持ってくる「イッテン色環」というものも広く使われています。
魔方陣が宗派によって微妙に違うようなものですね(そうか?)。
ですが、そこのところは幾ら書いてもきりがないですし、
本屋に行けば専門書が売っていますので興味がある方は調べて見て下さいませ。 オストワルト色環(左)とイッテン色環(右)
ここではさとやすさんのイラストを例に挙げましたが、
他にも同じような色使いをするイラストレーターの方は結構いらっしゃいます。
貴方のお気に入りのイラストレーターさんの中にも、きっといらっしゃると思います。
かちっとした色ではなく、印象的な、グラデーションのかかった色彩のイラストを見たら、
その色使いに注意してみて下さい。
かなりの確率で黄色に青や紫の影を使っているはずです。
こうした色使いのこだわりは、「色と光の関係」を追い求めたゲーテ、
「色で光を描く」ことを追い求めた印象派から脈々とつながっているものなのです。
それは理屈を使ってはいますが、
根底にあるのは理屈ではない、実に単純な誰もが持っている想いではないかと思います。
ゲーテの次の言葉が、その想いをうまく言い表わしているのではないでしょうか。
この言葉に深い意味などなく、ただ部屋が暗く感じたので光が欲しいということだったそうです。
でもそれこそがきっと一番、追い求めていたものだったのです。
最後に、このコラムを発表する機会を下さった極楽トンボさん、草三井さん、その他スタッフの方々に、
そして主観的で、しかも実はライトノベルとほとんど関係ないこのコラムを
ここまで読んで下さった貴方に感謝いたします。
2004年7月 ぎをらむ |