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『ライトノベル喫茶へようこそ♪ 〜新米ウェイトレス美坂映子(仮)の日記〜』 高空 昴


日付:200x年4月01日
天気:快晴

 前のアルバイト先が倒産してから約一ヶ月。長いこと無職の期間が続いたが、ようやく新しい仕事にありつく事ができた。
 今度のバイトは喫茶店のウェイトレスだ。神保町にある個人経営の店である。
 漫画喫茶ならぬライトノベル喫茶という、えらくピンポイントな趣向の店だ。
 まあ、小説を読むのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。暇な時間には店の本を読んでいてもいいと店長も言っているし、なかなか楽しくなりそうだ。


日付:200x年4月02日
天気:快晴

 新しいバイト先への初出勤。
 用意されていた制服に袖を通す。サイズには全く問題なかったけれど、どうしてメイド服なんだろう。可愛いとは思うけど、正直落ち着かない。風俗店なんかで使われるような下品なデザインの服ではなく、まともな作りのメイド服だったのが不幸中の幸いだ。
 店長がやけに充実感溢れた笑顔を浮かべていたのが気にかかる。
 そういえば面接の時も、履歴書に目を通す前に、私の顔を一見しただけで採用を決めていたような。
 あの制服は間違いなく店長個人の趣味だ。
 貞操の危機を感じないでもないが、経済危機の方が先に立っているので、とりあえず辞めるかどうかの判断は保留しておこう。


日付:200x年4月03日
天気:曇り

 仕事は実に簡単で、拍子抜けした。
 業務は主に二つ。カウンターでの客への本の貸し出しと、注文された飲み物などを運ぶこと。漫画喫茶と違って、この店では店員が客の指定に応えて、カウンター奥に設置された本棚から小説を貸し出すというシステムになっている。
 本の品揃えはいい。新旧抜かりなしだ。今度、私的に物色したい。
 店内は基本的に私語厳禁という読書空間になっている。客はみんな読書に夢中で、飲み物の注文の頻度も少ない。本の貸し出しこそ頻繁だが、一種のルーチン・ワークで、やたらと単調だ。
 楽だけど退屈。さりとて、本を読める程に暇ではない。
 眠くなりそう。


日付:200x年4月04日
天気:晴れ

 退屈なので、仕事中は人間観察に勤しむ事にした。
 外見と読んでいる本から、その客についてあれこれ分析と空想をして暇を潰そうと思う。
 前に、レンタルビデオ屋でバイトをしていた友達が、「借りていくビデオの内容から、その客の性格や性癖が分かって面白い」と言っていたのを思い出したからだ。
 うちの店の客にはどんな人間がいるのだろう。
 ちょっと楽しみだ。


日付:200x年4月05日
天気:曇り

 人間観察、開始初日。
 いきなり面白い客がやってきた。インパクト十分な大物だ。
 筋肉モリモリの大男である。日焼けしていて、顎は四角く、耳がギョウザみたいになっていた。柔道でもやっているのだろうか。とにかく、いかにも「男」……いや、むしろ「雄」か「漢」といった雰囲気の客だった。
 カウンターの奥の席を陣取り、飲み物はブラック・コーヒー。なんだか文武両道の体育会系インテリって感じなんだけど。
 彼がカウンターでリクエストした本は以下の4タイトル。
『丘の上のミッキー』
『好きなものは好きだからしょうがない』
『炎の蜃気楼』
『マリアさまがみてる』
 しかも開店から閉店まで粘り、シリーズを全巻読破していた。愛読書は絶対『餓狼伝』とか『獅子の門』とかだと思ったのに。
 『パラソルをさして』の終盤あたりで、やたら頷いていたのが印象的だった。気持ちはわかる。しかし『好きしょ』を読んでいる最中に、やたらトキめいた表情をしていたのはどうかと思った。真性か?


日付:200x年4月06日
天気:雨

 人間観察、二日目。
 今日は見上げた根性の変態がやってきた。
 若いサラリーマンだ。入店するなり『まぶらほ 〜メイドの巻〜』をリクエストし、カウンター席に居座った。その視線は誌面にではなく私に向いていた。
 鼻の穴はぷっくり。頬は紅潮。息は荒い。
 分かりやすい馬鹿だ。
 私を視●した罪は重いので、とりあえず、可愛く猫を被って「もお、お客さんったら♪」と言いつつ、指でつんっとする要領で、渾身の一本拳を人中にお見舞いしてやった。
 すごい音がした。間違いなく骨が割れた手応えだった。
 サラリーマンは鼻血をだくだく噴出させて悶絶していたが、顔面蒼白で駆け寄ってきた店長に「大丈夫っす! 最高っす! 俺は満足っす!」と、実に溌剌としたイイ笑顔で宣言して、軽やかな足取りで去っていった。
 なぜか敗北感。
 マニアは凄い。無駄に。


日付:200x年4月07日
天気:快晴

 人間観察、三日目。
 高校生だと思う。真っ黒な髪を三つ編みにして、眼鏡を掛けた、いかにも真面目そうな女の子が来店した。その時の私は注文取りにテーブル席へ行っていたので、本の貸し出しは店長が行っていた。
 数時間後。
 その女の子は読み終わった本を胸に抱きしめ、恋する乙女の顔で吐息をついていた。
 初々しいなあと思った。物語に純粋に憧れる、それはうら若き少女の特権だ。
 彼女はカウンターに本を返却すると、どこかウキウキとした様子で店を出ていった。
 返却された本を本棚へ戻そうとして気付く。
 本のタイトルは『ラブクラフト全集』。
 ───世の中は奥が深い。深くなくていいのに。


日付:200x年4月08日
天気:晴れのち曇り

 人間観察、四日目。
 昼頃、やたらと切羽詰った表情の、しかし腹立つくらい偉そうな態度の中年サラリーマンが来店した。態度はともかく身なりは良かったので、おそらく何処かの企業の重役か何かだろう。うちの店を普通の喫茶店と勘違いし、気分転換にと来たようだ。
 店長が店のシステムを説明すると、中年サラリーマンは「形勢逆転をテーマにした本をくれ」と、やはり尊大な態度でリクエストしてきやがった。
 ムカついたが、仕事に私情は挟まないのがプロである。
 とりあえず『でたまか』の第一期シリーズを貸し出してやった。
 サラリーマンはライトノベルを小馬鹿にするような表情で流し読みしていたが、だんだんとのめり込んできたらしく、一巻二巻と読み進み、そして三巻全てを読破した。
 そして、その時点で、絶望に浸った様子でテーブルに突っ伏した。
「やはり、やはり我が社は…どう足掻いても……最後には……」
 泣きながら、そんな事を呟いていた。
 何だか色々複雑らしい。
 複雑なのを更に複雑にするのも何なので、第二期以降のシリーズが発刊されている事を教えずにおいてあげた。
 中年サラリーマンは燃え尽きた様子で帰っていった。
 我ながら親切な気遣いをしたと満足できる一日だった。


日付:200x年4月09日
天気:曇り

 嫌な事は続くというが、嫌な客も続く。
 今日はバカップルっぽい男女がやって来た。いかにも付き合い始めたばかりというベタベタぶりの、自意識過剰そうな二人組みだ。
 女の方が甘ったるい猫被りな声で「素敵なラブストーリーでぇ、一冊だけちょうだい? 彼と一緒に読むからぁ」とリクエストして来やがりましたので、『きみとぼくの壊れた世界』を貸し出してあげた。
 タイトルがタイトルだけに、どんな話かしつこく聞かれたので、世界が壊れそうなくらい愛し合う男女の話と答えた。嘘は言っていないのでokよね。
 読み終わった後、バカップルは実に幸せそうで、終始無言のまま店を出て行った。互いに目を逸らしていたのは気のせいと思っておく。
 末永い幸せを祈ろう。
 ……男の方に妹が居たら笑えるだろうなあ。
 禁断の三角関係を築いて砕け散るがいい。


日付:200x年4月10日
天気:曇りのち雨

 うちの店は原則として私語厳禁の読書空間だ。話をしたいお客の為には、独立した談話室が用意されている。本の感想などを話し合う為の部屋だ。
 今日はそこにマナーを守らない客がいた。
 そいつはミステリ通らしく、自分が読んだミステリのトリックや犯人を声高かつ自慢げに説明していた。談話室では、他のお客さんが明らかに嫌そうな顔をしていた。
 ネタバレ野郎は万死に値する。
 これ、活字中毒者の鉄則にして常識。
 説明魔はひとしきり話し終えると、カウンターに来て、ミステリをリクエストしてきた。だから貸し出す際に囁いてやった。
「これは面白い本ですよ。犯人が序盤でアリバイを成立させた●●●氏で、その共犯者が主人公の恋人である■■■で、意外性抜群です」
 すると、説明魔は本を突き返して、別のミステリを要求した。そして「犯人を言うなよ」と要求してきやがった。
 オーライ。お客様の要求には極力従うが接客業。
 別のミステリを差し出し、今度はこう言ってやった。
「これも傑作です。トリックは●●を使った××偽装で、△△が用意した■■■を利用しての思いつきなんですよ。驚きですね」
 犯人は言っていない。
 だというのに、説明魔が顔を真っ赤にして怒るので、にっこりと笑って答えてやった。
 お客様を見習っただけなのですが───ってね。
 説明魔はすごすごと帰っていった。
 二度と来るな。


日付:200x年4月11日
天気:晴れ

 恥ずかしながら私には男運がない。いい男に出会った事は少なく、出会えても友達として関係が完結する事が多かった。
 ところが、今日、店の談話室でいい男に声を掛けられた。
 同年代の二枚目で、清潔感のある背の高い青年だ。初期採点で90点。久々の掘り出し物だ。
 お互いに読書好きで会話も盛り上がった。まさに好感触。
 しかし、盛り上がりすぎた。
 私が彼に一番好きな作家は誰なのかを尋ねたのが運のツキだ。彼は爽やかに、しかも誇らしげに言ったのさ。
「雑破業先生の初期作品が大好きなんだ」
 ───よりによって初期。つーとあれか、『ゆんゆんパラダイス』とかデスカ?
 口元引きつらせつつ、その事を尋ねてみると、彼は力強く何度も頷きやがった。
「そう! そうなんだ! いやあ、嬉しいなあ。判ってくれて」
 私は嬉しくないやい。
 やっぱり、男運がない。
 デートに誘われたが、丁重にお断りした。どちくしょう。
 ……ところでナポレオン文庫ってライトノベルなのだろうか?


日付:200x年4月12日
天気:快晴

 今日で、バイトを始めてから十日が過ぎた。
 仕事にも慣れた。休日こそ少ないが、出来るだけ実入りの欲しい私としては恩の字だ。
 変な客も多いが、気持ちのいいお客さんはもっと多い。
 常連さんを中心に、読書仲間も出来てきた。
 しばらく続けていこうと思う。
 さあ、明日も元気よく働こう。



 続く?
 

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▼プロフィール

高空 昴
風鈴色喫茶管理人。
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