当初から、映像とは深い関わりを持って生まれたジュニア文庫ですが(少女小説の流れを無視していてすみませんが、そちらのほうは、久美沙織さんにお任せします)、それは主に、原作を供給する立場から始まりました。しかし、「ヤマト」や「ガンダム」小説版の成功によって、新しい流れが生まれます。ノヴェライズの時代です。
ちなみに、一般小説の世界で、ノヴェライズが広く世に広まったのは、「刑事コロンボ」のおかげと言われています。1974年の話です。(「現代用語の基礎知識」より)「コロンボ」の小説は、脚本とフィルムを元に、「訳者」が自由に肉付けした、ほとんど創作に近いものでした。今とあまり変わりませんね。いや、今のほうが、縛りがきついかな。
さて、1980年、文化出版局という出版社から、ポケットメイツというシリーズが発行されます。その第一弾を見た私は、どぎもを抜かれました。全7冊(だったと思う)の著者は、全部、若桜木虔。しかも、半分以上がアニメのノヴェライズだったからです。
今でも早書きで知られる若桜木さんですが、あまりの刊行ペースに、当時は、複数作家のペンネーム説が、まことしやかに囁かれたものです。
このポケットメイツからは、岬兄悟さんや難波弘之さんのオリジナルSFも出ていて、それはそれで大きな功績なのですが、メインは、ノヴェライズでした。この辺りから、ノヴェライズは「行ける」、という認識が広まったようなのです。このあと、1982年に徳間アニメージュ文庫を創刊した、「アニメージュ」副編集長、現在はスタジオジブリの事業本部長・鈴木敏夫さんからは、かなり詳しいお話を聴いているのですが(私がアニメージュ文庫でデビューしたため)、創刊に当たって、ポケットメイツなどの実状を、かなり詳しく調べたそうです。
その間に、ソノラマからも(ソノラマ文庫とは別シリーズで)、また秋元文庫からも、アニメに関する本が次々に出ました。作品研究ですとか、主題歌集、ジャンルによる紹介(SFアニメの本とか)など、小説ではありませんが。そして1982年、きわめて戦略的なシリーズとして、徳間アニメージュ文庫が創刊されます。
鈴木敏夫さんによれば、最初は、このシリーズを出す気はなかったそうなんですね。というのも、「アニメージュ」編集部は、雑誌本誌と「ロマンアルバム」などで忙しくて、それどころではなかった。
ただ、上のほうからは、いまこういうものが当たっているのでやれ、と言ってくる。どうやら、徳間のアニメージュ編集部は、文芸部門とは関係なかったので、失敗しても、文芸は痛くない、という判断があったようです。後に、本格的なジュニア・バブルが来て、徳間の文芸部門もパステルシリーズというジュニア文庫を出し、まあ、はっきり言っていいでしょう、失敗します。そのときに、売れているアニメージュ文庫を文芸部門に吸収しようという動きがあったらしいのですが(これは鈴木さんの談話にはありませんでした。編集部の隅っこでバイトの作業をしていたら聴こえてきた噂です)、どうやら断わったようです。またも話がそれましたが、とにかく、やれ、ということになった。
そこで鈴木さんは、やりたいことがあったんだそうです。それは、「カリオストロの城」の作画監督、というか、ベテランアニメーターの大塚康生さんの自伝「作画汗まみれ」、これを本にしたかった。それと、高畑勲監督が中心になって、ほとんど自主製作のような形で作られた佳作映画「セロ弾きのゴーシュ」。これも本にしたかったのだそうです。
ただ、これだけでは、どうも売れそうにない。そこで、またしても「ヤマト」で、豊田有恒さんが推薦する岬兄悟さんの筆に、当時、売れっ子アニメーターだった金田伊功さんのイラストをつけて、「宇宙戦艦ヤマト完結編」を出す。人気のあった「六神合体ゴッドマーズ」のセル画を収録して、脚本の藤川桂介さんに「十七歳の肖像」という書き下ろし小説をつけて、出す。カルト的に人気のあった脚本家・首藤剛志さんに、その代表作「戦国魔神ゴーショーグン」を小説化させて、やはりイラストに凝る。脚本家に小説を書かせたのは、コバルト文庫が先のはずですが、アニメの分野でやったのは、ここが初めて。更に、鈴木さんのお話によれば、ジュニア文庫のイラストレイターに、印税を発生させたのも、アニメージュ文庫が初めてだそうです。
結果として、これらのラインナップは大ヒット。「十七歳の肖像」は、映画化までされてしまいました。そして蓋を開けたら、こっちは赤字覚悟だった大塚康生さんや高畑勲監督の本までが、重版するという始末。ヒットメーカー・鈴木敏夫の面目躍如ということになったのでした。
私は、自分のデビュー作を出してもらったときに、文章上の行き違いがあったり、現在の活動に疑問があったりして、鈴木さんを全面的にヨイショするつもりはありませんが、アニメージュ文庫を当ててくれなかったら、その余波で、全くの新人の私が小説家デビューすることは、できなかったでしょう。ですから、恩義を感じています。アニメージュ文庫の扱いが大きくなってしまうのも、自分が出た文庫だからで、詳しく話をうかがっているからです。ややバランスが崩れますが、お許し下さい。
さて、こうなると、アニメ会社やアニメーターにつながりのあるアニメージュ文庫は強い。ポケットメイツは、「小説 燃えろアーサー」(そういうアニメがあったの、知ってます?)など、かなり苦しい小説も出していて、やがて短命に消えてしまうのですが、アニメージュ文庫は、「超時空要塞マクロス」、「装甲騎兵ボトムズ ザ・ラストレッドショルダー」や「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」、と、人気どころを揃え、カバーイラストも一流アニメーターを使って、伸びていきました。
その中からオリジナル小説が生まれたのは、「戦国魔神ゴーショーグン」が、原作アニメを離れて、首藤剛志さんのオリジナル小説になり、ヒットしたことから来ています。イラストに天野嘉孝さんを迎えたのも手伝って、シリーズは伸び、更に、全くのオリジナルである「永遠のフィレーナ」を、今度は高田明美さんを迎えて、また成功。そしてついには、ゲーム関係者だった西谷史さんに、「デジタル・デビル・ストーリー 女神転生」をオリジナルストーリーで書かせ、これもヒットします。今に続く「女神転生」世界の、最初の作品です。こうして、アニメージュ文庫はオリジナル小説も出すようになったんですね。
その後も、主に脚本家やライターを中心に、ノヴェライズやオリジナル小説を輩出するようになったアニメージュ文庫からは、ライターだった(現在は時代小説家の気鋭)鳴海丈さんの「緋牡丹警察2−0」、コバルトでも繊細なファンタジイで活躍していた小林弘利さんの「真夜中不思議族」、すでに新人賞を取っていた結城恭介さんの、ジュニア文庫ベストテンに入れたい少女SF「理姫−YURIHIME−」などが続々と発行されます。
そのすき間を縫って、1988年に、アニメージュでライターや下働きをしていた早見裕司も、オリジナル小説「夏街道」でデビューさせてもらえました。
88年ごろというと、ジュニア・バブルの全盛期だった、と言っていいでしょう。今もジュニア文庫は、点数だけはたくさん出ていますが、初版部数が全然違います。今、相当な人でも、初版は1万5千、新人になると1万以下スタート、という話を聴きます。私がデビューしたときは、それまで全くの無名に等しく、アニメとも何の関係もないのに、いきなり2万5千部でのスタートでした。おかげで私は、「小説は儲かる!」という勘違い君になって、後で苦労するのですが……。
アニメージュ文庫は、アニメのセル画を構成した本や、変わったところでは、香港映画の本なども出していますが、小説は、結局89冊出ています。その稼ぎ頭は、「小説 となりのトトロ」でしょうね。
……ちょっと冷静になってみましょう。
人間誰でも、身内には甘いもんです。アニメージュ文庫は、ノヴェライズを定着させ、ヒットもしました。しかし、ジュニア文庫の歴史から見ると、それは大きな波とは言えませんでした。現に、徳間アニメージュ文庫の名前は、当時でも知らない人がたくさん、いました。
本当の大きな波は、その後に、やってくるのです。そして、ジュニア文庫は、一気にバブル期を迎えたのでした。
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若桜木虔
ミステリー・SFを多く発表。小説講座の主宰など幅広い活動を行う。代表作『白球を叩け!』など。
公式:霧島那智HOMEPAGE
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岬兄悟
「頭上の脅威」でデビューし、数多くのSF小説を手がける。パソコン関係のエッセイ本や編纂集などの著作も多数。
公式:ALBATROSS
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難波弘之
作曲家、SF作家。小説では短編集「飛行艇の上のシンセサイザー弾き」「鍵盤帝国の逆襲」「ときめきROCKIN' WAY」など。
公式:難波弘之公式サイト
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ロマンアルバム
個々のアニメ作品を研究したムック。貴重な資料として、現在は珍重されている。
(文責:早見裕司)
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金田伊功
現在のアニメーションの爆発や炎は、殆どこの人から来ています。
(文責:早見裕司)
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六神合体ゴッドマーズ
横山光輝原作。日本テレビ系の傑作SFロボットアニメ。
→ama
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藤川桂介
脚本家。代表作に大作「宇宙皇子」がある。
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首藤剛志
脚本家。「戦国魔神ゴーショーグン」(1982)の他、「劇場版ポケットモンスター結晶塔の帝王」(2000)も手がける。
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燃えろアーサー
アーサー王伝説のフジテレビ系アニメ。
(1979〜1980)
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装甲騎兵ボトムズ
サンライズのリアルロボットアニメーション。
(1983〜1984)
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天野嘉孝
数多くのアニメを手がける。天プロダクションを設立。1983年より4年連続で星雲賞受賞。
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永遠のフィレーナ
首藤剛志作の大ヒット大河ロマン小説(1985)。RPGゲーム化(1995)。
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女神転生
西谷史作。のちATLUS製作RPGとなり人気を集め10作以上がリリースされている。
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小林弘利
コバルト、スニーカー等で活躍。ムービー「手を握る泥棒の物語」の脚本も担当。
公式:etandme
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夏街道
早見裕司氏の小説デビュー作。センチメンタル・サイキック・ホラー。
→パピレス
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