講談社X文庫が創刊されたのは、1984年のことです。
1984年に生まれたのは、例えば双葉社アニメ文庫。フィルムコミック、と言って、アニメのコマをマンガの形に構成したもの(これはアニメージュ文庫より早いはずですが、今は調べている暇がありません)、当時流行ったゲームブック(Aを選んだら81へ、Bなら78へ行ってバッドエンド、というような、今のビデオゲームを本でやっていたんですね)などがあります。また、ソノラマからは、特撮の紹介・シナリオなどを主にした映像関係の宇宙船文庫が出ていますが、大きな流れとは言えません。
X文庫も、最初は映像のノヴェライズ中心に、あまり話題にならずにスタートしました。第1冊目は、劇場用アニメ「SF新世紀レンズマン」のノヴェライズ。その後、「コータローまかり通る!」(漫画ではなく、実写の映画から)で吉岡平さんをデビューさせ、「新作ゴジラ」(いわゆる「84ゴジラ」)で飯野文彦さんをデビューさせたり、洋画のノヴェライズもありました。「ゴーストバスターズ」、「スパルタンX]、「ターミネーター」……。
その他に、「山本晋也の青春ルールブック」、「絵本アイビーボーイ図鑑」といった、エッセイの類も入っています。
面白いところでは、バリー・B・ロングイヤーの原作を元にした「第5惑星」のノベライズの訳ですとか、「E.T.」の続編を、SF作家コツウィンクルが書き下ろしたものを、更にリライトしたものですとか、はまり始めるときりのないシリーズで、私は物好きにも全部集めたのですが、話がどんどんそれていくので、適当にしておきましょう。
重要なのは、この文庫のキャッチコピー、「読むと見える」を書いたのが、当時の若手コピーライター、花井愛子さんだったこと、そして、そのせいで、花井愛子さんは小説「生徒諸君!」で小説家デビューしたということです。これが、後で効いてきます。
さて、50と数冊を、そのような本で出したX文庫は、しかしながら、どうもヒットしたのは、当時すでに人気のあった菊地秀行さんと、いのまたむつみさんのコンビによるOVAのノヴェライズ「幻夢戦記レダ」だけだったようです。
そこで、思い切った方向転換が図られます。それが、1987年、作家番号57から始まる、ティーンズハートシリーズです。
今までのX文庫と並列しながら発行されたこのシリーズは、ピンクの表紙と、コバルトなどよりはぐっと年齢層を低く意識したイラストで、見た人の度肝を抜きました。しかし、最初はプロライダーの三好礼子さんの小説を第一弾に、泉優二さんのサーキット小説、すでに青春小説で有名だった喜多嶋隆さんの「天使のアッパーカット」(ドラマ化されています)、声優の平野文さんの小説など、面白いけれど、特に目立ったということもなかったようです。
しかし、その年の4月に、作家番号62、花井愛子さんが「一週間のオリーブ」を書いたことで、ジュニア文庫の歴史は、がらっと変わってしまいました。
花井愛子さんの歴史的検証は、まだ正確にはできない状態なのですが(全部読んでいないので)、特徴的なのは、よくジュニア文庫を読まない人に揶揄される、文節、程度の甚だしいときは、単語で区切る、独特の文体です。
あたし。
が。
好き、と。
言った。
わけじゃない。
こういう文ですね。これをもってジュニア文庫は文章が幼稚、とする論調が当時あったのですが、もちろん、ちゃんと読んでいない人の言葉です。あとがきを読むと花井さんの文章は、ごく普通です。コピーライターとして、戦略を立てて作り上げたものなんですね。そして、これは当たりました。あまりに当たったので、同じティーンズハートの中や、その後登場する傍流の文庫で、さかんに真似されたものです。
この文章の改革は、小説を、「商品」として高めるためのものだっただろう、と私は思うのですけれど、機会があったら、当時のティーンズハートの作家に訊いてみたいところです。とにかく、この文体で書かれた小説は大受けしました。内容が、ごく分かりやすい、読みやすい恋愛ものであったこともあります。読者たちは、花井さんの小説を、それまでのジュニア文庫よりも身近に感じ、大いに「消費」したのです。その傾向は、今も変わっていません。「読者」は「消費者」になったのです。
実際、花井さんの作品は、ピンクのパッケージに入った、「商品」でした。デビュー作「一週間のオリーブ」は、当時のジュニア文庫の標準的部数、2万5千部でスタートしましたが、それから約2年半で、45点、900万部を突破します。つまり、花井さんは月に3冊、ジュニア文庫を生産していて、それが全部で900万部、売れた。当時、社会現象と言われた村上春樹さんの「ノルウェイの森」が、上・下巻でだいたい400万部というところから、そのすごさを実感して下さい。それは、リーダビリティの高さによって、一気に読めてしまう作り方でなければ、「消費」できないペースと量だったでしょう。
商品と小説。この違いを説明すると、それだけで一年がかりになってしまうような、大きな問題なのですが、ぼんくらの私には、手に余る仕事です。ただ、今の「読者」が、「消費者」という意識を多く持っていることは事実です(そば聴きしましたから)。そして、これ以前の読者は、小説を消費するという感覚は、なかったはずです。もちろん今も、「消費者」ではない読者は、たくさんいますが……。
消費される商品としてのジュニア文庫。それは、言ってみればスナック菓子のようなもので、それまでの洋菓子店の洋菓子とは、桁外れの市場を開拓したのでした。
結果としてジュニア文庫は、大きなビジネスになりました。もう記憶が曖昧なのですが、それまでわりとのんびりやっていたコバルトの作家も、花井さんに牽引されるティーンズハートの成功により、売り上げについて、より厳しく言われるようになり、苦労されたそうです。
1987年、ジュニア文庫は、「儲かる文庫」になったのです。
後に続く林葉直子さん、そして倉橋燿子さんが、花井さんと並んで、ティーンズハートの三本柱と言われますが、その文章は、いたって読みやすいものです。ほんとうは、それだけでは片づけられない、魅力の分析をしなければならないのですが、今、分析できるほど、手元に本がありません。しかし、少なくとも花井さんの小説は、きわめて都会的な、洗練されたものでした。そこに現われる、憧れ感と親しみやすさとが、初期のティーンズハートを形作っていたのではないでしょうか。
1989年10月の、毎日新聞による学校読書調査では、中学1年生の女子が読んでいる「最近読んだ本」は、1位が藤川桂介さんの角川文庫「宇宙皇子」、2位が倉橋燿子さんの「風を道しるべに……」、3位が山浦弘靖さんのコバルト文庫でのミステリ「フルハウスは殺しの予言者」、4位が花井愛子さんの「ボクのティア・ドロップス」、5位に江戸川乱歩シリーズ、折原みとさんの「桜の下で逢いましょう」、同じく「天使の降る夜」、そして「二十四の瞳」が入っています。長いこと、この読書調査では、江戸川乱歩、ルパン(三世じゃなく、本家)、シャーロック・ホームズが上位を占めていました。それが変わったのが、この頃と言っていいでしょう。
花井さんのブレイクは、読書の構造をも変えたのです。ジュニア・バブルの始まりです。
私個人は、花井さんの功罪について、「罪」を問うことはできません。ジュニア・バブルが来たおかげで、私のような、全く無名の新人が、ひょいっとデビューできて、賞のひとつも取らずに、今まで生きながらえているからです。一方、バブルのおかげでおいしい思いをした人は、たとえ今、どうなっていても、花井さんを責めることはできないでしょう。
ただ、これを境に、編集者の意識が、「とにかく売れる商品を」、となったのは、小説家にとってはしんどいことです。少なくとも、私にとっては。21世紀、世知辛い憂き世になって、その傾向はますます強くなりました。私は、デビューした頃から、あまり流行らない和菓子屋の職人でした。こつこつ、細工物などをこしらえていました。それがデパートのテナントに入って、大量生産のどら焼きを作れ、と言われたのです。まあ、難しいことでしたね。
私の場合は、幸い、ノヴェライズに向いていたらしく、しばらくはノヴェライズで一定の成績を上げていたので、何とか生き延びることができましたが、バブル崩壊と共に、多くの仲間が消えていきました。
次の節からは、更にティーンズハートの分析、また、厳しい状況を乗り越えて、今も生き残っている作家、そして、名前も上げられないまま、傑作を残して流星のように消えていった作家の作品を、取り上げていくつもりです。
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レンズマン
E・E・スミス原作の傑作SF。シリーズ化、メディアミックス化されている。
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吉岡平
「無責任艦長タイラー」「神牌演義」等の他、林明美の名でアイドル研究家としても活躍。
公式:無責任時代
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飯野文彦
ノベライズを多数手がける。最近は『異形コレクション』シリーズ等に独自色の強いホラー作品を発表。
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第5惑星
地球人とドラコ星人、ふたつの異なる種族の関係を主眼においた異色のSFドラマ。
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生徒諸君!
これも漫画からではなく、小泉今日子主演の映画からのノヴェライズ
(文責:早見裕司)
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幻夢戦記レダ
いのまたむつみがOVA黎明期に手がけたSFファンタジー。
→ama
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三好礼子
エッセイスト・国際ラリースト。バイク、車、旅関係の著述多数。現在は「山村レイコ」と名を使用。
公式:Fairy Tale
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喜多嶋隆
小説現代新人賞でデビュー。「ポニー・テールはふり向かない」「ブラディマリー」など。
公式:喜多嶋隆のホームページ
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