6 : 花井・倉橋・林葉 〜ティーンズハートの三本柱〜

 前回ご紹介した花井愛子、林葉直子、倉橋耀子の三人については、さらっと済ませるつもりだったのですが、私も物好きです。この連載をきっかけに、かなりの数を集めてしまったので、ある程度、詳しい解説をすることにしました。
 とはいえ、花井愛子さんの著書は、数えた人によると170冊以上、ティーンズハートだけで60冊以上、倉橋耀子さんの代表作「風を道しるべに……」だけで18冊、林葉直子さんの著作は少なくとも50冊以上ということで、いくら私が物好きでも、集めきれるものではなく、また、全部一気に読むと、頭がすっかり洗脳されて、いま抱えている原稿がその文体になってしまうおそれがあります。
 そういうことは、実際にありました。自分のサイトのために少女小説のリスト作りをして、続けて読んでいるときに、まったく違う少年向けのアクション小説を書いていたら、「最近、何か読んだの?」と編集者に見破られまして。
 しかし、私にとってはおそるべきことに、社会現象ほどのブームを巻き起こした花井愛子さんですら、すでに「有史以前」なんですね。知り合いの編集者に訊いてみたら、名前すら知りませんでした。これは、語り伝えなければならないでしょう。
 そこで、ここでは本業に差し支えない程度に、この三人の特色をお伝えしていこうと思います。
 まず、花井愛子さんですが、前々回に書いたような文節で区切る文は、意外に少ないのです。私が読んでいた1980年代当時とは、まったく違う印象でした。
それは。
ひと言でいうと。
花井さんの生理に大きく依存した文章なのではないか、と。
切るべきときは。
切る。
その代わり、長く続けたほうがいいと思ったときは、何行でも続ける。特に説明だと分からせたいときには、続ける。そういう独特のリズムが。
花井さんの生理であり。
花井さんの本質であり。
花井さんそのもの。
花井さん以外には書けない文章だったのではないか、と。
 ……というような、緩急と強調すべき所をリズミカルに作っていく文章で、とても気持ちを乗せやすいのです。端から見ていたときは、そこに気づかなかった。ただぶつ切りの文章だと思っていました。不明を恥じる次第です。
 こういうリズムの付け方は、いま私が、「月の娘」(「十二宮12幻想」所収)や「小説 吸血姫美夕」(秋田書店・5月刊)で試みているものであり、つまりは短篇の凝縮された文章で、長篇を構成している希有な例と言えるでしょう。
 それだけに、花井さんの小説には無駄がありません。最初の1ページを読んだ瞬間に、意外なシチュエーションが提示され、10ページ読むと、この小説がどこへ行こうとしているのか、主人公がどういう人間でどういう状況にあるのか、分かってしまう、実は緊密な構成になっています。だらだらした意味不明のプロローグがあったり、説明の描写に酔っているのんきさはない。本屋でめくったとたんに、続きが読みたくなる。プロの文章です。
 そして、花井さんの小説は、基本的に恋愛小説ですが、意外なシチュエーションや、「事件」がいろいろ入れ込んであり、それが二転三転していくテンポの速さ、事件につれたヒロインの心情の揺れ幅の大きさで、恋愛小説が苦手な(実はそうなんです)私をも、飽きさせません。特に初期の物語は、いきなり宮様の婚約者に選ばれた女の子が……、とか、演劇部の裏方だった冴えない女の子が憧れの男の子に、次の舞台に指名されて……、とか、お話そのものが面白いんですね。
 そしてヒロインは、非常に行動的であり、意外な状況にとまどいながらも、自分の意志をはっきりと持って、それに立ち向かいます。その結果が恋愛であって、まず女性像としてしっかりしている。これが、読者の高校生や中学生を惹き付けたのだと思います。
 ちなみに、前回は誤解を招く書き方をしてしまいましたが、花井さんの小説は、多くが高校生を対象にしたものであり、高校生の当時のしゃべり言葉で書かれています。
 それを中学生も読んだ、というのは、簡単な原理です。少女漫画の鉄則として、大学生のことを描いた漫画は中学生でも読みますが、中学生のことを描いた漫画は、大学生は読みません。現在、どうなっているかは分かりませんが、少なくとも1980年代には、この鉄則は生きていました。
 その中で、例えば食生活へのこだわりであるとか、お祖母さんのことであるとか、お説教にならないように、若い世代に伝えていきたいことが入っているのも、特徴と言えるでしょう。花井さんの小説は「商品」ですが、内容は、単に「消費」していいものではないのです。本によっては、あとがきに、ファンレターを出すのに、普通郵便の出し方まで丁寧に解説してあるほどで、とても親切であり、お節介にならないように、教えるべきこと、伝えるべきことが伝えられています。つまり、志があるのです。
 それでは、消費行動に結びつく仕掛けは、どこにしてあるか。それは、結末です。これから新しい、あるいはやっとたどり着いた恋が始まろう、というところで、花井さんはすっ、と話を終えてしまうのです。
 カップラーメンの法則というのがあります。本当においしいカップラーメンは、作れば作れるのですが、消費者が満足してしまって、その満足感が長続きするために、次の消費行動になかなか移らないのです。そこでカップラーメンは、少し物足りなく作ってあるそうです。そうすると、なんだか物足りなくなって、また買いに来る。そういうものなんだそうです。
 花井さんの場合は、小説の内容というよりは、その構造で、えっ? ここで終わるの? なんだかもっと読みたいな、という気にさせて、次の本を買わせる。巧みな戦術と言えるでしょう。
 しかし、それを戦術と言ってしまうのも、妥当ではないかもしれません。あるいはこれも、花井さんの小説観と考えるべきかもしれないのです。
 小説は、個人的には微妙ですが、エッセイでは優れた文章を多数発表している片岡義男さんは、「恋は、成就してしまったら、そこでおしまいなのだ」という意味のことを書いていらっしゃいます。恋が成立した後のことを、うだうだと書く必要は、本当はないのかもしれないのです。
 花井さんの小説は、長くても上下巻です。キャラをやたらと設定して、それを使い回してだらだら話を続けるようなことは、しません。そして、ヒロインと相手の男の子の思いが通じ合ったところで、すぱっ、と話を切ってしまいます。潔いと共に、もっとこの人の小説が読みたいと思うようになる、そして、イメージよりはずっとまともな、小説と商品の両立したものだと、私は思います。
 これは花井さんの生理とノウハウですから、その後に生まれた、多くの亜流が殆ど成功しなかったのは当然でしょう。
 手元にある、ティーンズハートの花井さんでいちばん新しいのが1994年。花井マジックは、少なくとも7年は魔力を持っていたことが分かります。
 ちなみに、最近では破産についてで話題になったりしている花井さんですが、今も恋愛小説を書き続けています。終わった作家、とは言えないのです。

 林葉直子さんは、1987年9月、「とんでもポリスは恋泥棒」でデビュー。手元にあるのは、第15刷です。このシリーズは「とんポリ」と呼ばれ、その後、「新・とんポリ、更にヒロインたちの赤ちゃんが主人公の「ベビー・とんポリ」と、これも長く続きます。
 林葉さんは、当時はばりばりの女流棋士の新鋭でした。聴くところでは、対戦やイベントの移動中に、手書きで原稿を書いていたといいます。しかし、棋士だから売れたわけではありません。ティーンズハートを手に取る女の子は、「棋士」なんて何なのか、どう偉いのか、分からないからです。
 林葉さんの本も、せめて10冊は読んでから紹介したいのですが、私の時間がありません。機会があったら、このコラムの補遺か、自分のサイトででも、語ることになるかもしれません。
 「とんでもポリスは恋泥棒」は、ジュニア・ミステリの先駆けに近いものでしょう。刊行当時の私は、がちがちの本格(意外な謎を論理的に推理して、意外な真実を暴き出すもの。「本格的な」小説、というのとは違います。論理中心ではないものを「変格」とする、江戸川乱歩の造語)ファンだったので、軽く見ていました。しかし、15年ぶりに読み返してみると、そのストーリーテリングの巧みさに驚かされます。ある県警で組織ぐるみの不正が行なわれているのを暴くため、警察庁長官が送り込む意外な人物。そこで起こる事件と同時に、不正を明るみに出すまでの、次々に発展していく意外な展開。ここでも、少女は(といっても19歳なのですが)行動的であり、知恵と勇気を持っています。主人公が「関係者」に仕掛けるトリックと、アクティヴなストーリーが読ませます。
 私もジュニア・ミステリを書いていますが、林葉さんの小説を読んで、方向性は違うものの、自分の小説はお子さまランチだなあ……と思いました。基本設定は「とんでも」でも、内容は、地道でしっかりした文章の、ミステリだからです。
 それでいて、女の子の気持ちをつかむ工夫もされていますし、プロットは複雑です。当時、ジュニア・ミステリはずいぶん書評家にひどいことを言われたものですが、どこを読んでいたのかは、私には分かりません。
 高校生以上の人が読んでも、充分楽しめる読みごたえがあると思います。

 倉橋耀子さんの代表作「風を道しるべに…」は、白鳥麻央というヒロインの、14歳から20歳までの人生を描いた、大河小説です。全10巻がティーンズハートから出たあと、続編が後で書くホワイトハートから出て、更に完結編が書かれ、18冊のシリーズになりました。今、手元にある第1巻を見ると、1988年の5月に出て、7月には第3刷になっています。それが3巻になると、5日間で6刷! 茫然とするしかありません。
 花井さんの小説も、林葉さんの小説も、あまり普通の身分の女の子は出てこないのですが(感性や生活感覚は、普通すぎるぐらい普通です。そこがいいんでしょうね)、麻央も、田園調布のお嬢さんです。彼氏もいて、ごく普通の、といってもばあやがいるような家ですが、それとギャップを感じるぐらい、普通に暮らしています。
 と思って読んでいると、50ページほど進んだ所で、大事件が起きます。彼女の人生は、いきなり荒波の中に投げ込まれてしまいます。とにかく、展開の速いこと。自戒も含めて言うのですが、今のジュニア小説は、ちょっと悠長に過ぎるのではないか、と思ったりもします。
 その中で、麻央はたくましく成長していきます。そして、それを取り巻く人々も。そこで起きるできごとは、一見軽いような文章に見えて、実は厳しく深いできごとです。それは、昼のメロドラマのようにドラマティックです。
 昼メロも、見ていない人はバカにしているでしょうが、海外ロマンス小説の流れを汲む大河物語、「風と共に去りぬ」や「嵐が丘」の正当な嫡子なのです。そのしっかりとした骨格と、変転の激しいストーリー性が、主婦層を中心に惹き付けているのです。
 その要素を採り入れて、「風を道しるべに…」は、1巻ごとにダイナミックな、しかし、少女の普通の生活感とは乖離しない物語を紡いでいきます。麻央の成長と共に、文章も大人に近づいていき、本を読む手を止めさせません。
 全18巻の物語は、わずか4年間で書かれました。このシリーズの読者は、幸せな体験をしたことでしょう。麻央の7年間の人生を、我がことのように見ることができて。
 そして、この作品の中には、例えばヴェルレーヌの詩を引用したり、馬術に関する詳しい記述があったりと、まったく子どもだましではありません。私の経験からすると、最近では、例えば主人公の好きな歌手ひとり、ちょっとでも流行と外れるとチェックが入ったりするのですが、そんなことが小説を左右しない、むしろ必要なことは、古いことでも入れていく、という姿勢が、少なくともこの時代には受け入れられていたと思われます。
 今の編集者は、こういう小説を読んで、それが100万部を突破する数売れたという事実をどう考えるか、知りたい所です。

原稿受取日 2004.5.12
公開日 2004.6.3
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第7回
ティーンズハートの作家たち(1)
『ライトノベルファンパーティー』へ








風を道しるべに…
倉橋燿子作の大ベストセラー。田園調布のお嬢様・白鳥麻央の恋物語。
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十二宮12幻想
講談社文庫。十二の星座に生をうけた12人の作家が参加。早見裕司、津原泰水、我孫子武丸、太田忠司、小中千昭、図子慧、飯野文彦、高瀬美恵、島村洋子、森奈津子、加門七海、飯田雪子。
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小説吸血姫美夕
原作/平野俊貴
原作・画/垣野内成美
文/早見裕司
TV版でも話題を呼んだ人気作の待望のノベライズ。
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破産...
その時の様子が「『ご破産』で願いましては。」に書かれている。今すぐ知りたい方はこちらを。
とんでもポリスは恋泥棒
林葉直子作。県警本部長として送り込まれた徳川忍19歳の物語。TBSでドラマ化(1990)
























































風と共に去りぬ
マーガレット・ミッチェル著。強い女スカーレットを描く大作。
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嵐が丘
エミリー・ブロンテ著。激しい愛の名作中の名作。
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ヴェルレーヌ
1844〜1896年。フランスの詩人。美しいフランス語で自分の愛情や悔恨の気持ちを歌った珠玉の作品を残す。「サチュルニアン詩集」「よき歌」など。


100万部...
倉橋さんは著作総計部数が数百万部以上であるので、『風を道しるべに…』シリーズ通算で百万部を超えることは間違いない。