7 : ティーンズハートの作家たち(1)

 がさっと買ってしまったために、まだ花井愛子さんを読んでいて、今は「さて?」という、1993年頃のエッセイ集を読んでいる途中なんですが、これは相当硬派のエッセイで、子どもにも、大人にも媚びない作者の確かな足元が見えてきます。
 ところでその中に、いきなり文庫書き下ろしなんか書くのは、偉いセンセイから見れば、「下等な三文モノカキのすること」であって、「そこまで落ちぶれるぐらいなら筆を折る」という人もいらっしゃる、ということを書いていらっしゃいます。
 今でも、そういうセンセイ、いらっしゃるんでしょうかね。

 さて、ティーンズハートにバランスを崩して紙数を割いているのですが(Webの場合は「バイト数」?)、それには理由があります。
 少なくともこの当時、コバルト文庫は秀作揃いという認識が、多くの人にあったと思います。ソノラマ、コバルトは、とにかく別格だったんですね。それに対して、ティーンズハートといえば、とにかくあのピンクのパッケージングだけで、拒絶反応を示す人が、主な購買層の女子中高生を除いては、ほとんどでした。そのため、内容の吟味もろくにされなかったのです。最近になって、津原やすみ(現・泰水)さんや皆川ゆかさんの作品が、おそらくは当時の中高生によって、復刊ドットコムに復刊希望が寄せられるようになりましたが、それまでの長い間、ティーンズハートは、ほぼ黙殺された形でした。
 この話をすると、当時の作家さんは気分を害されるかもしれませんが、状況を分かってもらうために、お許しを。もうずいぶん前に、日本SF大会で、ジュニア文庫も含めてSF・ファンタジイ系の作家を洗いざらい、というぐらいゲストとして招待したことがあって、コバルトの作家さんはもちろん、当時、アニメージュ文庫にしか書いていなかった、しかもSFは書いていないホラー・ファンタジイの私にまで招待が来たのですが、ティーンズハートの作家さんは、ひとりも喚ばれなかったんですね。SF界、とかいうのではなく、SF大会のファンにすら、まったく認知されていなかった。それがティーンズハートの位置だったんです。
 それで、これだけの分量を取って、ティーンズハートの再評価を行なおう、というわけなんです。

 それでは、主に作家番号に沿いながら、ティーンズハートの作家を、少し詳しく見ていこうと思います。
 花井愛子さんは、おそらくは作品数があまりに多いため、神戸あやか、浦根絵夢というペンネームでも書いています。よく、雑誌などで同じ人が複数の原稿を書いていると、バランスが悪いため別のペンネームで作家数を増やしてみせることがありますが、そのせいではないか、と思います。
 花井さんの次に出てきたのが、中原涼さん。第3回の奇想天外新人賞で佳作を取った方で、「SFアドベンチャー」に主に原稿を書く傍ら、ティーンズハートや、あとで紹介するアルゴ文庫にも書いていらっしゃいます。代表作「アリス」シリーズは、「不思議の国のアリス」にインスパイアされた、異次元SFです。手元に22冊ありますが、全部の冊数は分かりません。ただ、第1作「受験の国のアリス」が、4年間で17刷(!)という数字をご記憶下さい。
 「アリス」シリーズは、毎回、異なる「国」を舞台に、4人の高校生とM1という神様、なめくじネコというチェシャ猫のような存在が冒険をし、アリスを救出する物語ですが、途中には難問を出す相手が待ち受けています。主に、数理パズルです。このパズルの面白さが、受けたのではないか、と思います。
 SFつながりで、今ではガンダム本の著者としても有名な皆川ゆかさんは、「ティー・パーティー」シリーズ、そして、それに続く「運命のタロット」「真・運命のタロット」シリーズは、今もなお続きが書かれている、ティーンズハートでは最古の現役作家です。
 「運命のタロット」は、さっきも言ったように復刊ドットコムに復刊希望が出ていますが、今ではプレミアがついて、入手が困難になっています。申しわけないことに、私は持っていません。ジュニア文庫を買うにも、予算というものがありまして……。
 「ティー・パーティー」シリーズは、高校の超常現象研究会を主人公に、超能力とパラレルワールドがからんで、17冊(だと思う)の最後では、インド神話、宇宙観、アトランティス文明などが、これでもかというほどに詰め込まれ、大スペクタクルになります。「運命のタロット」は、時間SFを基調にして、タロットの精霊たちが人間のパートナーと共に、歴史の改変を巡って争います。伝聞ですみません。
 更に、少し遅れて、といっても1989年に津原やすみさんがデビュー、「あたしのエイリアン」シリーズを、主人公をずらした「EX」も含めて22冊書きます。逃亡者を追って地球へとやってきたエイリアンの青年(もちろん、美形の青年に姿を変えているだけで、実体は違うのですが)と、平凡な女子高生とが、身の回りで起きる奇妙な事件(ESPがらみなど)を解決しながら、愛を育んでいく物語は、「EX」の最終巻「エトランゼに花束」では、磨き抜かれた文章と、宇宙と地球とを巡る大きなヴィジョンを見せてくれます。津原さんとは交流があるので、聴いたところによると、このシリーズと、その他の作品、例えば本格ミステリ「ルピナス探偵団」は、このほど、加筆されて本格ミステリをシリーズで出している原書房から出し直されましたが、それらを含めて、やはり百万部以上を売り上げているそうです。中原さん、皆川さんも、推して知るべし、でしょう。
 冊数が多ければ偉いのか、と言われると困りますが、それだけ長い期間にわたって読者を惹き付けたということは、やはり偉業なのではないでしょうか。
 ちょっと個人的な話になりますが、私は一度、津原さんの仕事場にお邪魔したことがあります。まだティーンズハートを書いていた頃です。津原さんの当時の文章も、よく、あまり深く読まない人がバカにする、「下半分が白い文章」なのですが、津原さんはパソコンに向かって、一行の助詞や句読点を推敲し、しばらくやってはリビングに来て一服し、またパソコンに向かって、次の一行をじっくり推敲し……それは、見ているこっちが胃が痛くなるような、骨身を削るような作業でした。
 ティーンズハート的な文体は、長い文章をだらだらと書くのよりも、緊張感を要求されるものだ、と私は思い知らされたのです。

 さて、長くなりますので話を続けますと、次に神崎あおいさんという作家が登場します。初期には、恋愛物語や、「青の迷宮」のような本格ミステリも書いていましたが、やがて「ヨコハマ指輪物語」というファンタジイ、いわゆる剣と魔法の物語のシリーズ化に成功します。
 この原稿を書いていて困るのが、私が、剣と魔法の物語や異世界ファンタジイに興味がないことです。作家の方には申しわけないのですが、読めないものは読めません。
 とにかく「ヨコハマ指輪物語」は成功し、10巻を超えます。
 ミステリの話題が出たので、ちょうど順番もいいところで(95番)井上ほのかさんについては、ぜひ語っておかなければなりません。ティーンズハートには多数のミステリがあり、中には、できの悪いテレビの2時間サスペンスのような作品もあるのですが、ここで紹介する作家たちは、本格の、きりっと締まった作品を書いています。特に井上ほのかさんは、当時のニフティサーブ(今はアット・ニフティ)のミステリ、推理小説フォーラムの中にファン倶楽部ができたほどの、ティーンズハートとしては珍しく、ミステリファンも認める本格派でした。
 前に書いた気がしますが、念のためにつけ加えますと、ミステリで言う「本格」は、江戸川乱歩の造語で、「意外な謎を論理的に解決する推理小説」のことです。お忘れなく。
 井上さんの代表作には、「アイドルは名探偵」シリーズ、「少年探偵エディ・セロル」シリーズがありますが、例えば「アイドルは名探偵」などというタイトルにだまされてはいけません。ばりばりの本格です。中でも、「アイドルは名探偵3 愛しているっていわせたい!」は、パーティー会場に並べられた100個のグラスの中から、特定の1個を被害者に自分から取らせる、という難トリックに挑んだ、逸品です。ぜひ、再び活躍して欲しい、ミステリ作家です。
 ミステリのシリーズでは、北原なおみ「ホームズ君は恋探偵」という、タイトルを聴くといい歳をした私などは萎えるようなシリーズがありますが、読んでみると、シンプルながらも論理的な本格で、また、主人公はシャーロック・ホームズの血を引いているのですが、元祖ホームズへの愛情も感じられ、意外な感がありました。――北原なおみが、ホームズはもちろん、ヴィクトリア朝の研究家である北原尚彦さんのペンネームであると知るまでは。
 これは1作しか発表されなかったのですが、黒須まりやさんの「あなたに恋色(ハートマーク)ミステリー」も、記録に残すべき傑作です。開かずの体育館で、学生が奇怪な死をとげる、というホラー的な謎が、もののみごとに論理的に解明されます。黒須まりやさんについては、その後の作品の発表がなかったのですが、この1作の印象が鮮烈なため、以前に日本推理作家協会を通じて、消息を知る人がいるかどうか呼びかけたのですが、結局、その後については分かりませんでした。幻の、名作家です。
 秋野ひとみさんの「つかまえて」シリーズは、一見地味ながら、現在もなお続いている、ミステリ・シリーズです。事件はどちらかというと軽いのですが、調べられた範囲では96冊が出ていて、まだ続いていますから、気が遠くなるようなヒット作です。しかも秋野さんは、この他に「ESP戦記・イオ」や「ヴァンパイア・シティ」、青春小説なども書かれています。ただただ圧倒されるばかりです。
 どちらかというと、トラベル・ミステリに属するのかな、と思うのが、もともとは翻訳家だった風見潤さんの「幽霊事件」シリーズで、やや年齢の高い層を狙っています。

 かなり長くなってしまいましたが、まだまだティーンズハートの紹介は終わりません。回を改めて、私が読んだ中で紹介する価値を見出した作家をご紹介します。

原稿受取日 2004.5.22
公開日 2004.6.8
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第8回
ティーンズハートの作家たち(2)
『ライトノベルファンパーティー』へ





















津原やすみ
1989年「星からきたボーイフレンド」でデビュー。少女小説作家として30を超える作品を執筆する。
公式:aquapolis
皆川ゆか
1987年「ぱらどっくすティーパーティー」でデビュー。96年「新機動戦記ガンダムW外伝」を手がけ活躍の場を広げる。
公式:皆川ゆか資料刊行会電子広報室
















中原涼(りょう)
1980年「笑う宇宙」で奇想天外SF新人賞佳作デビュー。中原涼(すずか)さんとは別人。数理パズルについてはこちらをご覧ください。Workshop Alice)
































ルピナス探偵団の当惑
津原泰水作。
原書房(2004)
→bk1 →ama →楽天



















神崎あおい
小説家、漫画の原作家。代表作に「ヨコハマ指輪物語」がある。







井上ほのか
島田荘司に推薦により「アイドルは名探偵」で18歳デビュー。

















北原なおみ
この名義では1980年「ホームズ君は恋探偵」、同シリーズ5作を手がけた。





黒須まりや
1988年「あなたに恋色(はあと)ミステリー」を上梓。







秋野ひとみ
1988年「夕暮れ時につかまえて」でデビュー。「つかまえて」シリーズ、「ESP戦記・イオ」等が代表作。




風見潤
「幽霊事件 清里幽霊事件」でデビュー。シリーズは40作を超える人気作。
公式:Jun's Journal