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TKOさんの選 ▼プロフィール tko bad_trip管理人。 書評系駄文サイト「bad_trip」管理人。 最近サイト移転の憂き目にあい、1から出直し中。 url : http://www.asahi-net.or.jp/~az9t-hsm/ 推薦図書 ・『イリヤの空、ufoの夏』 秋山瑞人 (電撃文庫) ・『マルドゥック・スクランブル』 冲方丁 (ハヤカワ文庫JA) ・『太陽の塔』 森見登美彦 (新潮社) ・『ZOO』 乙一 (集英社) ・『美亜へ贈る真珠』 梶尾真治 (ハヤカワ文庫ja) 選出に当たって最も頭を悩ませたのは、どこまでをライトノベルの範疇に含めるかという 基本的かつ根元的な問題でありました。一時の娯楽に供するために読みやすさを重視した文体、 荒唐無稽でエンターテインメントな内容、さらにはイメージ喚起の為ふんだんに用意された イラスト。こういった物をラノベに必須な要素と捉えた場合には、今回挙げた上記の推薦作は いずれも該当しないことになりかねない危険も孕んでおりましたので。その点、予めご了承ください。 実際、今回私の推薦作品には皆一様に「挿絵」がありません。ましてやその内2冊は文庫ですらない。 これは、ライトノベルもノベルである以上、純粋に中身で勝負すべきだとの強い思いから幅広く選出した 結果であります。またそれゆえ、どの作品も読んで絶対後悔しない骨太な作品だという自負もあります。 若い人たちが貴重な時間を割いて読みふける本なのだから、それに値する作品を選びたいと思ったのです。 それを念頭に置いてもらった上で、以下、作品個別のコメントに入ります。 ▼『イリヤの空、ufoの夏』 2003年のラノベ界に於いて最大の事件とは、この作品の完結ではなかったかと考えます。 なんたって、3巻のあの衝撃的な終わりから1年間ず〜っと待たされ続けたわけですから。 で、結局、蓋を開ければ結末部分で非難・賞賛入り交じる賛否両論が巻き起こる羽目に。 ちなみに私の読後感は、「しあわせでした────っ!!」と叫びつつ川に飛び込む水前寺部長 みたいな高揚感溢れるものでしたが。ただ、主要な読者層であるティーンエイジャーには 些か重すぎる面を含んだ結末であるというのも判るつもり。あまりに落差がありましたしね。 プールでの出逢い。学園祭の日のランデブー。印象的かつ感傷的なシーンがあるかと思えば、 女同士の熱い戦い「無銭飲食列伝」など、笑いを交えた軽妙なパートも随所に織り交ぜてあって 確実に作品世界へ没入していけます。そして、水前寺部長が物語から離脱したのを転機に、 急転直下で非日常へと向かう怒濤の展開。どこまでも行けると信じて走り出した瞬間、彼らの 目の前に突如立ち塞がる現実という名の厚い壁。逃げることも立ち向かうことも出来ず、 ただひたすら無力感にさいなまれる浅羽の苦悩は、我々弱き男への試練か、それとも救済か。 そんなわけで、これはまさしく完全無欠のジュブナイル小説なのでした。 実は個人的にこの話は、浅羽の視点ではなく榎本の視点で読むと、また違った面白さが 垣間見えてくると思うのですが、それはまぁ、10代の人にはちょっと難しかったかもね。 ラストの展開も、無力な浅羽に共感するがゆえに受け容れがたく思えてくるわけで、 これを一歩離れた観察者的な視点で読むと、違った感想を持てるだろうと思うわけです。 映画館の中での「そこでちゅーだっ」て台詞とか、もう可笑しくって仕方ないですよ。 何はともあれ、オススメどころかもう、この作品はむしろ基本図書。とにかく必読! ▼『マルドゥック・スクランブル』 この作品の話題が上れば必ず俎上に載せられる、ブラックジャックのシーンはもはや伝説。 この小説から受ける圧倒的な迫力は、作者が込めた怨念による物としか思えない。間違いない。 ところで、実はbj以外にもカジノシーンはどれも逸品でして、例えばルーレット勝負などでも、 対峙するスピナー、ベル・ウィングの魅力などもあり、実に爽快な気分に浸れます。カジノにて 多くの負けを前にしてもなお、常に顔を上げてここぞという最後の大一番に打って出るバロット。 その姿には苦難の道のりを乗り越え、やがて勝利に至る彼女自身の生き様そのものが表れてるのです。 何はともあれ、2003年国内sfの話題を総ざらいした、絶対に外すことの出来ない作品。 現実で、電脳世界で、カジノ内にて、息もつかせぬ展開が待ち受けるジェットコースター・ノベル。 時間を忘れてのめり込める最強のエンターテインメント小説であります。姉妹編という触れ込みで 今年刊行予定になってる『マルドゥック・ヴェロシティ』も今から楽しみ。 ▼『太陽の塔』 今回推薦した中で、唯一異彩を放っているのがこの作品。日本ファンタジーノベル大賞受賞作。 しかし、一読すればお判りになると思うのだけど、この小説に於いては「ファンタジー」の意味が 若干違う気がしないでもない。どちらかというと妄想炸裂変態小説といった趣でありましょうか。 滝本竜彦の『nhkにようこそ!』が好きな人には、ことさらオススメです。 京都に住まう私は大学五年生。今日も愛車「まなみ号」(自転車)を駆り街を彷徨う。 私の研究対象は、自分を袖にした水尾さんだ。自分の心を捉えた彼女の調査に私は必死なのだ。 いつとも知れぬ自転車の強制撤去に怯え、鴨川沿いに並んで座るカップルの姿にツバを吐き、 即座に身を隠せるよう特技の反復横跳びに磨きをかける。しかし、そんな私の前にまたしても 恐るべき敵が近づきつつあった。そう。クリスマスファシズムの嵐が、近づきつつあったのだ。 いや……本当にこんな話なのですよ。興味をお持ちになった際は、是非一読していただきたい。 初めは痛々しさが先行しますが、次第に痛快になり、やがて最後はほろ苦く感じられる筈です。 ▼『zoo』 もはやライトノベルという枠組みを超えて幅広い世代に読者層を拡大しつつある、乙一の短編集。 ブラックユーモアあり、純粋ホラーあり、情け容赦はなし。作者の色んな要素が楽しめる一冊です。 最後の一文で(小説作法的に)心底驚かされた『closet』、正体不明な存在がもたらす恐ろしさを まざまざと見せつけて圧倒的な『seven rooms』、常人では発想出来ない豊かな変態性が発揮された 『冷たい森の白い家』など、いずれ劣らぬ珍品名品揃い。ただ、一つだけ贅沢を言わせてもらえば、 これに角川文庫のアンソロジー『悪夢制御装置』所収の『階段』が併録してあれば完璧だったのだが。 ともかく、乙一初心者から上級者まで自信を持ってお勧めできる作品であります。 角川の「せつなさ炸裂」系作品しか読まれてない方には、内容面で驚きがあるかもしれませんが、 でも、どちらかというとこちらの方が本来の乙一なのですよね。ま、そんなわけで全ての読者が 気に入るかどうかは判断できませんが、少なくとも筆の冴えは確実に実感できるのではないかと。 特異な発想と抜群の筆力、乙一はこのふたつを得た希有な作家なのだと私は考えておりますので。 ▼『美亜へ贈る真珠』 新刊ではあるけれど新作ではないので厳密には対象外かも知れませんが、敢えて紹介を。 梶尾真治ではこちらともう一つソノラマ文庫の『クロノス・ジョウンターの伝説』とで かなり迷ったのですが、最終的にはこちらに軍配を上げました。奇しくも両者共に 「愛と時間」というテーマが重なり、甲乙つけがたかったことを先に申し述べておきます。 また、この早川文庫は他の2冊と合わせて「梶尾真治短篇傑作選」として刊行されたわけですが、 これをシリーズと呼ぶのは流石に無茶があるかなと考え、今回は1冊だけを選出致しました。 さて、カジシンといえば今やすっかり『黄泉がえり』の原作者として認知されているわけですが、 そのルーツを辿れば、当然のようにこの作品集まで遡ることになるでしょう。梶尾真治という作家は デビュー作から継続して「愛と時間」というテーマに向き合ってきた人なのだという事が判ると思います。 そんなわけで、この本はこの作者を知る上でも絶対外せない一冊。なお、本作は題名に女性名が つくロマンチックな作品ばかり7編を収録しているのですが、このまとめ方は実に綺麗です。 思えば、この他の作品として、当然エマノン・シリーズの第1短篇『おもいでエマノン』が 入っていてもおかしくはなかったのですが、そこまで望むのはいくら何でも贅沢すぎですね。 もっとも、それが実現していれば非の打ち所がない完全無欠の1冊になったでしょうが。 この本を一言でいえば、「愛は不滅か」という簡潔にして壮大な問いかけであるでしょう。 万物は流転し、不変の物など何一つないように見えるこの世界で、人間の想いは果たして永遠なのか。 時空に隔てられた登場人物たちが直面する数々の愛の発露と危機。それでもなお、彼らはその相手を 想い続けることが出来るのか。その答えは、初出から30年以上経ってなお、この本が読み続けられて いることと密接不可分の関係にあるかも知れませんね。年齢問わず広く読まれて欲しい1冊。オススメ! ▼その他 今回、惜しくも紹介しきれなかった作品としては、海原零『銀盤カレイドスコープ』と 田代裕彦『平井骸骨此中ニ有リ』を挙げておきます。紹介は他の方にお任せしますが。 決してこの2作が悪い訳じゃないんだけど、強く推しておく必要性が薄かったかなというだけ。 選出作品を文庫に限っていれば紹介していたかも、という趣旨でこちらで名前だけ挙げておきます。 てなわけで予想外に長くなりましたが、対象作品に関してはこんな感じであります。 ▼対象作品以外 ・『神様のパズル』 機本伸司 (角川春樹事務所) ・『愚者のエンドロール』 米澤穂信 (角川スニーカー文庫) 昔の作品に関しては、またいつか今回と同様の形で「オールタイム・ベスト」の集計が あることを期待して、今回は紹介を遠慮しておきます。それに挙げ始めたらキリがなさそうだし。 てなわけで、2002年の作品から2作を選んで終わりにしますね。 『神様のパズル』の方は、小松左京賞受賞作。理系大学生の凡人・綿さんと天才少女・穂水 (つまりワトソン&ホームズ)が宇宙の謎を解き明かし、その創世を模索していくという、テーマ的には 極めて壮大なストーリー。これを大学のゼミで検証していくという、そのせせこましさが実に良い。 昨年この企画があったなら間違いなくこれを一番に推していたでしょう。それくらい大好きな作品。 『愚者のエンドロール』は古典部シリーズ第2弾。人の死なない日常ミステリ系、かな。 未完成の自主制作映画を見て、その結末を推理するという一風変わった作品です。 作者の主眼が事件の解決自体ではなく、その背景に集約している点が高く評価できます。 最近、米澤穂信は創元で新作『さよなら妖精』も上梓しており、今後も目が離せない存在です。 |
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