illust. くらふと(ギャラリークラフト) |
ノベル・キャプター★パステル・オヅマ♪ 〜初陣編〜(作:高空昴)
現在ではない時間。
此処ではない場所。
近いけれど遠い、遠いけれど近い、量子力学の分野にダイブしているパラレル・ワールド。
そんな物理的に存在を証明する事が極めて困難な異世界に、その魔法の国は在りました。
その国では愛と勇気と慈悲の心が満ち満ちており、常に健やかで素敵な物語が紡がれています(魔法の国・国家直営観光事務局・広報課の公式発表より抜粋)。
魔法の国を治める女王様は、そんな物語達が大好きでした。
そう、大好き「でした」。
LikeではなくLiked、LoveではなくLoved。
つまり過去形。
困った事に、刺激が欲しい御年頃である女王様(39歳・独身女性の自己主張)は、自国が生産している物語に心底から飽きていたのです。
女王様は世話係達に向かって雄々しくぶっちゃけました。
「愛、勇気、慈悲、大いに結構! しかし、それだけでは余の心は満たされぬ! 燃えぬ、滾らぬ、猛らぬ! 最早、我が国の無難な物語では、余の心を揺り動かす事など叶わないのだ! 余は退屈しておる! 余は───哭きたい!」
なんという事でしょう。
魔法の国には健やかな物語、つまり綺麗事しか認めないPTA役員が推薦したくなるような低刺激の物語しか存在していないのです。エロス&バイオレンスをはじめとしたピリリと美味いエッセンスは、潔癖症の旧世代によって厳しく規制されていました。
この状況下では、女王様の欲望を満たす事など夢のまた夢です。
されど、王党派の人間にとって、女王の言葉は神の言葉でした。逆らう事などできません。魔法の国では民主主義が芽吹き始めてまだ間もないのです。
女王様の配下の者達は会議を重ね、ある極秘作戦を立案、決行する事にしました。
それは人間界へ工作員を送り込み、女王様が気に入りそうな物語を入手、魔法の国へと密輸するというものでした。これは大変に危険な任務です。規制文化の密輸は刑法によって厳しく罰せられる重犯罪。もしこの作戦が露見すれば、王室の沽券に関わる一大スキャンダルに発展しかねません。
まさに決死行です。
できれば実行したくはありませんが、さりとて、正攻法に望みはありませんでした。
人間界の発行物の輸入解禁などは、市民議会の猛反発が予想される為、まず可決されません。王権が絶大であった一昔であればよかったのですが、市民議会がぶいぶい言わせているのが昨今の政治事情。下手に強硬姿勢をとれば「ファシスト共め! 王権擁護派を断頭台に送り込め!」と過激派を元気ハツラツにしかねません。
立憲君主制というのも難儀なものですね?
そんな訳で、女王直属である近衛隊から人員を選抜、特務部隊が編成される事になりました。独立行動権を承認されたエージェント「音読丸」「黙読丸」「速読丸」の三名を、秘密裏に人間界に派遣する事が決定されたのです。
任務は唯一つ。
女王様の趣味に合う、洗練されたエンターテイメントである物語の入手です。
ところが、エージェント達は偽装の為、魔法で動物の姿にされて人間界に派遣されました。市民議会の目を欺く為です。
エージェント達は、最新の人体改造技術の恩恵により、脳の機能こそ人間のレベルで維持されていますが、形態変化に伴う実働能力の著しい低下は免れません。
そこで、エージェント達には「人間界の人間を一人だけパートナーにする」事が許されました。分かりやすく言うと「魔法少女とマスコットの関係」というやつです。
エージェントの一人である速読丸は、早速、一人の人物をパートナーに選びました。
その方の名は大塚真由美さん。二十八歳。市民図書館に勤める司書さんで、泣き黒子がセクシーな独身美人です。学生時代は水泳部に所属していたそうで、全身運動で引き締められたボディは今だ健在です。素晴らしい。ブラーヴォ。
──それはさておき。
本来ならば純真無垢な少女をだまくらかして「魔法少女」にしてしまうのがセオリーなのですが、そこは「男一匹ロンリーウルフ」と謳われる速読丸。拙者はロリでもペドでもないと熱く咆哮。これこそが速読丸クォリティだと叫びつつ、彼好みの若すぎず熟れ過ぎずな妙齢の女性をパートナーに選んだのでした。
「スクール水着より競泳水着。世の流れに逆らうアウトロー属性。それが俺のジャスティス」
「迷惑この上ないんだけど」
自宅のアパートで、大塚女史は苦々しくぼやきます。
「まあ、そう言うなよ真由美。俺とおまえの仲じゃねえか」
黒猫姿の速読丸、貫禄溢れる太い葉巻をくわえつつ、マフィアなスタイルで宥めます。
「あんまり舐めた事を言ってると三味線にするわよ?」
「望むところよ。知ってるかい? 男には、そう、スリルを求める本能があるのさ……」
「ハードボイルドっぽく決めたいなら、お望み通りハードボイルド(固茹で)にしてあげるけど」
「真由美、恐ろしい女よ。だが、そこがいい……」
「えーと、鍋、鍋。どこにしまったっけ」
「鍋と言いつつ圧力鍋を出すのは、地雷と言いつつクレイモア地雷を設置するようなものだと考察するが、そこんとこどうよ?」
「煮る事に変わりないから。皮が剥がし易くなればOKだし。どっちでもいいでしょ」
「ごめんなさい、勘弁してください」
こんな感じの一人と一匹が、女王様に相応しい物語を求めて、人間界を奔走します。
大塚真由美さんもお約束通り変身したりします。魔法少女になります。28歳が12歳くらいになって、フリフリなコスチュームをはためかせ、魔法のステッキを振るってキャピキャピの大活躍です。年齢差変身です。萌えますね?
そんな魔法少女の名前は、ずばり───!
「最強の魔法少女! その名はパステル・オヅマ!」
「オヅマ!? なんでそんなアグレッシヴな名前なのよ!?」
「大塚真由美、略してオヅマ!」
「安直さは時として凶器っ!?」
「殺れ、オヅマ! 俺の査定アップの為、音読丸と黙読丸を血祭りだ! そしてパンチラを見せつけろ! 俺の為に!」
「ああー、もう、このクソ猫ーーー!」
「サービス、サービスゥッ♪」
以上、基本設定と粗筋でした。
ツッコミや重箱の隅突つきは問答無用で却下です。御了承下さい。
さてさて、それでは開幕です。
──この物語は、先述の事情によって過酷な任務に投入されたエージェント「速読丸」と、そのパートナーである魔法少女パステル・オヅマの戦闘記録……もとい、物語である!
ノベル・キャプター★パステル・オヅマ♪
〜初陣編〜
人気が失せた深夜のオフィス街。
その中でも一際高いビルの屋上に、大塚真由美と速読丸の姿があった。真由美の服装は白いシャツにジーンズという洒落っ気のないものだが、左肩に黒猫を乗せた妙齢の美女というのは、それでもなかなか絵になっている。
真由美はまとめてもいない長い髪を風になぶらせながら、肩の速読丸にちらりと視線を向けた。
その視線に気付いたのか、速読丸はヒゲをぴくりと震わせ、本来ならば使い得ない人間の言葉を口にした。
「真由美。おまえの熱い視線で火傷しそうだぜ、ベイビー」
「……どうでもいいんだけど、速読丸、あんたってどうしてそう70年代のドラマみたいな言葉使いをするわけ?」
「それが男の美学だからさ。そして美女を口説くのは男の道徳よ。俺の洗練されたストロベリートークに、お前の心はまッさかさまにフォーリン・ラヴ?」
「いや、ありえないから」
「ふふ、つれないな。だが真由美、それがお前の魅力の一つ。ニクいハニーだぜ」
「あー、はいはい。そんな事はいいからさ」
真由美は周囲に視線を走らせる。
地上100メートル近い、言わば空の上とも言える空間が、星々の下に広がっている。彼女は足元を指差しながら尋ねた。
「本当にここで良いわけ?」
「もちろんだ。魔法の国から提供された情報によれば、もうそろそろ、ここにバイブル・ストーンが出現するはずだ」
「バイブル・ストーンねえ……」
バイブル・ストーン。
それは、魔法の国が誇る脅威のテクノロジーが抽出した「最高の物語の成分」の結晶体である。魔法の国の女王の潜在的嗜好を分析し、その結果に適合する要素を人間界から検索、抽出して情報化したものだ。抽出された情報は宝石の形で物質化し、人間界の何処かに出現する。その出現位置は、魔法の国にある王室直属情報分析室によって割り出され、人間界のエージェント達に通達されるのだ。
……などと難しい事というか、無駄な設定をつらつらと並べはしましたが。
要するに、このバイブル・ストーンというのは魔法の石で、これが女王が求める物語の材料になるのである。こいつをできるだけ多く集めて、パソコンの結合プログラムみたく合わせれば、女王を満足させる物語が出来上がるのだ。
規制文化の密輸は重罪。リスクを下げるべく、密輸量は最小にしなくてはならない。人間界の書物を大量に輸送するなど持っての外だ、その為に取られた手段であった。
バイブル・ストーンの回収。
それがエージェントと魔法少女の任務である。
「音読丸と黙読丸、どちらかが必ず邪魔しに来る筈だ。油断はできないぜ。何としても連中より先にストーンをゲットするんだ」
速読丸が苦々しく呟く。
真由美は肩をすくめ、
「そいつらって、あんたと同じエージェントなんでしょ? 互いに協力するならともかく、どうしてそんな風に敵対してるわけ?」
「女王の配下も一枚岩じゃないのさ。王室内でも権力闘争ってのがあってね、俺の上司と奴らの上司は反目しあってるってわけよ」
「つまり、なに、自分達が女王様に気に入られる為には、他の連中は邪魔ってこと?」
「理解が早いな、真由美。聡明な美女に俺のハートは高鳴るのを止めないぜ」
「なんか、魔法の国って名前で抱いたイメージが凄い勢いで崩壊していくわ……」
「ま、権力闘争なんざ俺のような下っ端には関係のない話なんだが、音読丸と黙読丸の野郎共は同期でライバルだ。査定と給料アップの為にも、奴らには血を見てもらう」
「めちゃめちゃ現実的な理由よね……」
「1990年代のマジカル・ペレストロイカ以降、魔法の国でも資本主義が真っ盛りだ。金がかかって仕方がねえ。昇給チャンスは逃せないのさ」
「どこの社会主義連邦よ、それ。マジカルつければいいってもんじゃないでしょうに」
などと二人が話し合っていると、唐突に異変が起きた。
オフィス街、立ち並ぶビルの谷間で、いきなり紫色の電光が迸る。それは音もなくただ強烈な輝きを放ちながら、徐々に収縮していく。
いや、収縮ではなく凝固だ。
この現象こそ、バイブル・ストーンの出現を知らせるものだった。
速読丸の目が、獲物を狙う鷹の様にギラリと光る!
「真由美! バイブル・ストーンが現れるぞ! 変身するんだ!」
「あ、やっぱ変身しなきゃ駄目?」
「出現位置を見ろよ、めちゃめちゃ空中だぞ。変身しなきゃ無理だろ」
「うう、嫌だなあ。変身手当て、出るんでしょうね?」
「50000マジカル・ダラーは確約しよう」
「それって幾らよ?」
「今朝のレートだと、15万円くらいだ。ここ最近は円安が進んでるから、下がる事はなかろう」
「……OK。変身するわ!」
真由美は自分のプライドをリアルな金銭欲でねじ伏せると、ポケットから星型の金属プレートを取り出した。七色のプリズムが美しいその星の名は通称「ぱすてる★スター♪」。魔法少女に変身する為のアイテムである。
ちなみに正式名称は「ガンズロック魔導重工製・第四種イージス型個人兵装服『ヴェロニカ・オメガ(重火力装備)』」という。魔法の国において、第四次アスバタン紛争時に敵兵をことごとく挽肉に変えた優秀な兵器であり、重装甲車や軽戦車程度ならば真正面から殺りあっても圧勝できる性能を誇る。勇猛果敢で知られるアスバタン・ゲリラの兵達をして、この「ぱすてる★スター♪」を装着した女性兵を「鋼鉄の魔女(ローレライ)」と呼び恐れたという。
真由美はプレートを胸に押し当てると、頬を赤らめつつ、認証コードを口にした。
「魔法の力は勇気の力、優しい心で包んであげる♪」
イントネーションも認証に関わってくるので、妥協は許されない。
真由美は無理矢理にアニメ声を発声し、正確な発音でコードを唱えた。
「るんるん♪ ゆんゆん♪ ぱすてる★チャーム♪ 愛のタッチでメタモルフォーゼ♪」
プレートが金属音をあげて内部から拡張。
機械的なナビゲーション・ボイスが認証結果を報告した。
『正しい認証コードが入力されました。装着者を登録ユーザーであるマユミ・オオヅカと確認。全兵装の起動を開始します』
プレートが光り輝き、そこからピンクの光の帯が無数に放たれ、真由美の全身を柔らかに包み込んでいく。真由美の体は遺伝子レベルで「ヴェロニカ・オメガ」に最適な形状へと一時改変され、亜空間格納されていた装甲や各種兵装が次々にロード、通常空間へと実体固定化されていく。
リリカルな外見にヘヴィな火力。立ち塞がる敵は神でも殺す。
キャッチフレーズは「死ぬまで殺す」。
ガンズロック重工が自信もって世に送り出す、最強無敵の魔法少女が顕現する!
真由美を包んでいた光が眩く弾けた。
現れたのは、純白に輝く特殊繊維製のコスチュームだ。ワンピース水着のようなフィットスーツで、その外観とは裏腹に耐熱・対冷・対圧効果に優れ、不導体処理も施されている。各部急所に施されたピンク色の軽金属装甲は、材質がアーバン・モディファイト鋼であり、至近距離からデザート・イーグルを打ち込まれてもビクともしないタフな代物である。また、背中から肩にかけて広がる展開式防御ユニットは、一見すると装飾用リボンに見えるものの、ナノ・テクノロジーとルーン文字技術のハイブリッド技術によって生み出された自律能動型万能兵装であり、実体弾・光学兵器・化学兵器を問わず、あらゆる攻撃から装着者をオートで護衛する。
防御機能だけではなく、武装も強力だ。
主武器は十二連装ニーヤ・ラパーナ型重呪唱杖。通称「ぱすてる★ステッキ♪」。俗称「要塞砕き」。戦略級攻性魔術ならば十二回、戦術級攻性魔術なら百二十回、ノーチャージで連続行使が可能な最強の個人用武装である。
これだけのハイスペックを維持しながら、大きなリボンやレースの飾り、ふんわり仕上げのスカート・パーツも備えており、魔法少女らしさも忘れない。
何より素晴らしいのは、装着者の肉体年齢を強制的に12歳時にまで逆行・促進させ、コスチュームの似合う「少女」にするところだろう。
そう、今の大塚真由美は28歳ではない。
12歳の姿をした魔法少女なのだ。
まさに魔導工学技術が生み出した最高傑作がそこに存在していた。
『全兵装、起動完了。セイフティ・解除。オール・グリーン。パワーレベルをスタンバイからミリタリーへ。交戦準備完了です』
ナビゲーション・ボイスが準備完了を告げる。
凹凸は緩やかだが、伸びやかで健康的で可憐な姿となった真由美は、自分の身長ほどもあろう重厚でメカニカルなステッキを握り締め、スカートをふわりとさせた。
同時に、胸のプレートから大音量で可愛らしいBGMが轟き、合成されたアニメ声がコーラスで叫んだ。
『みんなのハートをキルゼムオール♪ 愛と勇気の魔法少女、パステル★オヅマ♪』
スーツの筋力補助力場がオートで動き、真由美に強制的にポーズをとらせる。
マニアも絶賛する素晴らしい登場シークエンスだ。
だが、当の真由美の顔は引き攣っていた。
「あー、もう、何度やっても慣れないわ。これ」
「よーし! 変身も完了した! いくぞ、パステル★オヅマ♪」
「オヅマってゆーな!」
と言ってる間にも、コスチュームに内蔵された高機能戦術人工知能「ぽっぷちゃん」が最適行動を選択する。低高度飛行システムが稼動し、反重力フィールドを形成、真由美の体を宙へ飛翔させた。
舞う彼女の肩に、速読丸が飛び乗る。
「さあ、バイブル・ストーンを回収するぜ!」
「了解〜〜〜っ」
見れば、ビルの間に出現したバイブル・ストーンは凝固を完了し、大粒の宝石の形をとって空中に鎮座していた。鈍く輝く、その形容しがたい色彩の光には、禍禍しいほどの濃密さがあった。
空を飛び、接近しながら、真由美はごくりと息を飲む。
「すっごい色……つーか気色悪いんだけど」
「エロス&バイオレンスをも含んだ、興奮と感動の素だからな。そりゃ生々しい色さ」
「回収したくないなー。なんか汚れそう」
「回収に成功すればボーナスが出るぜ?」
「急ぐよ!」
速度を上げる真由美。
その手がストーンを掴もうとした、その時。
「ぽっぷちゃん」が警告信号をけたたましく発した。
『八時の方向より高エネルギー感知! 総数5! 戦術級攻性魔術『スピットファイア』です!』
「えっ?」
驚きの声も一瞬、立て続けの爆発が真由美を襲い、彼女の声をかき消した。間一髪で防御ユニットが衝撃と炎を魔術的中和作用で相殺するが、真由美の体は大きく弾き飛ばされ、ストーンから遠ざけられてしまった。
「〜〜〜〜〜〜痛っ! 超痛っ! なによ今のは!」
「敵だ、真由美! 八時の方向を見ろ!」
速読丸に言われるまま、八時の方向にあるビルの上を見る。
屋上の更に上、空中に、真由美と同じようなコスチュームを着込んだ白人の少女の姿が会った。その肩には、小柄な三毛猫がしがみ付いている。
速読丸が全身の毛を逆立たせた。
「奴は……音読丸!」
「じゃあ、他のエージェントとパートナー?」
「間違いねえ。あの小娘が来ているのはヴェフィスモッグ重工製の『クルシュナ・メルセデス』だ。第二種デストロイヤー型個人兵装服の傑作だよ。防御力こそ低いが、攻撃力と速度はこちらの上をいく。いきなりかましてきたって事は、ばりばり殺る気だな」
「うっわー……」
げんなりとした表情で呟きつつ、身構える真由美。
ステッキの頭頂部、魔術を放出する砲口部分を音読丸達に向けた。
それを見て、「クルシュナ・メルセデス」がにっこりと微笑む。ツインテールの金髪に、大きな碧眼の双眸が可愛らしい少女は、くりくりと回転するとびしりとポーズを決めた。
「愛と美貌の魔法少女! ファンシー★リリカ!」
アキハバラ系の方々に指示されそうなファニーな美声である。
ノリノリだった。
そんなリリカの肩に乗る音読丸が目を細め、透き通るような二枚目ボイスで言った。
「やあ、久しぶりだね、速読丸」
「音読丸。いきなり狙撃たあ、さすが『ジュナイ』出身の野郎はやる事が違うなあ」
ちなみに「ジュナイ」とは破壊活動が専門の裏方さんチームの事である。
速読丸の皮肉に、音読丸は猫なりに爽やかに笑う。
「褒めてくれてありがとう」
「褒めてねーよ」
「そうかい? それは残念だなあ、もうこうして会話する事はなくなるのに」
「ほう?」
「君も同じじゃないのかい? 上司から別指令を受けてるんだろう?」
「……例えば?」
「──他のエージェントの抹殺、とかさ」
猫と猫の間で緊張が走る。
その空気を読まずに、口を挟む者がいた。
ファンシー★リリカだ。
「ねえねえ音読丸、難しい話はやめよーよ。リリカ、早く暴れたいなー♪」
「リリカは交戦意欲が旺盛だなあ」
「だって、今のリリカはスーパーヒロインなんだよ? 何をやってもカッコよくて可愛くて、許されるんだもん♪」
マジな響きだった。
本気で言っている気配だった。
真由美はリリカの言動にうすら寒いものを感じ、速読丸に囁く。
「ねえ、ちょっと、あの娘ってヤバくない?」
「ああ、ヤベーな。女性に優しいこの俺も、さすがにちょっと引く……」
「どうするの?」
「そうだな……」
二人がこそこそと相談を始めた、その時。
リリカの口から、真由美の聞き逃せない言葉が発せられた。
「あんな『なんちゃってヒロイン』の『年増おばさん』なんか、さっさとやっつけちゃおうよ!」
「────あ?」
ぶちぶちと、真由美のこめかみに青筋が浮き上がる。
そして、その形相は、速読丸さえも戦慄させるものだった。
「──ねえ、速読丸」
「な、なんだ?」
「──あの子も年齢いじってるんじゃないの?」
「い、いや、メルセデスには年齢改変機能はなかったはずだ。現役機種だが、最新式じゃないからな」
「──ああ、そう、そうなんだ。つまり」
真由美の顔に、悪魔のような微笑が、ゆっくりと浮かび上がった。
その口元は、鋭い三日月のよう。
「あの乳臭いガキは、二十年も生きてないくせして、私をナメてるわけだ?」
「ま、真由美?」
「速読丸」
「お、おう?」
「一分で殺すわよ」
呟いた瞬間、真由美は怪物になった。
この一瞬後、ファンシー★リリカは「鋼鉄の魔女(ローレライ)」という異名の真実を、骨の髄から理解することになった───。
『ヴェロニカ・オメガ』の推進器がスペック上の瞬間最大出力を叩き出し、真由美の体を音速にまで加速させた。防御ユニットの擬似慣性制御機能があって初めて可能な高速移動。その様は端から見れば瞬間移動と大差がない。
真由美、リリカに接敵。
リリカの反射神経を置き去りにする。『クルシュナ・メルセデス』の戦術人工知能が警告音を発したが意味を成さなかった。真由美は筋力補助力場と遠心力を併合して打撃力を捻出、ステッキを用いて、打撃面に推定4500キロの衝撃を荷重する直接攻撃を実行。
ぐしゃりという砕ける音を響かせてから、リリカの体が高速で落下。
しかしスーツの防御力に守られたリリカは辛うじて失神を免れ、落下しながら態勢を補正、主兵装であるステッキの砲口を真由美に向けた。
間を置かずに戦術級攻性魔術『カットスロート』行使。生成された総計1000本のセラミクス・ニードルが、針の雨となって秒速500メートルの速さで射出された。標的は当然のこと真由美である。
しかし、真由美はあえてリリカの向かって自己落下を開始。加速しながら接近。ニードルとの相対速度は秒速1000メートルを超えるが、『ヴェロニカ・オメガ』の防御ユニットが順次対応、すべてのニードルを打ち払うように迎撃した。
真由美とリリカの距離、ほぼ零に。
高度は50メートル弱。
真由美、リリカの腹部にステッキの砲口を密着。
この時、リリカははっきりと見た。真由美の顔が天使のように朗らかに笑っているのを。
「逝ってらっしゃい♪」
そう囁いて、真由美はステッキの引き金を引いた。
戦術級攻性魔術『パイルドライバー』行使。リリカの周囲に厚さのない空間障壁が展開され、リリカを通常空間から隔離、その内部にTNT火薬数十キロ分相当の爆発エネルギーを封入した。
行使終了。
真由美が地上に着地した時、隔離から解き放たれたリリカが、一拍遅れて落下した。
『クルシュナ・メルセデス』の緊急防御モードにより、辛うじて生きてはいたが、リリカと音読丸の姿は限りなくボロ雑巾に似ていたのだった──。
「バイブル・ストーン、ゲットー! ボーナス確定ー!」
生々しい輝きを放つ石を掴んで掲げ、真由美がほくほく顔で宣言する。
その肩の上では、たった今まで悪魔と化していた相棒に戦々恐々の速読丸が、控えめに喜んでいた。
微妙に小さくなっている黒猫に、魔女が尋ねる。
「ところで、ボーナスって幾らくらいなの?」
「ストーン一つにつき、一律200000マジカル・ダラーだから、60万円くらいだな」
「マジっ!?」
「マジだ」
喜びに喜ぶ真由美。
魔法少女コスチュームで「ボーナス♪ ボーナス♪」と喜び踊る美少女の図というのは、なかなかにシュールだ。
報酬に見合った度合いでしっかり働く。
実務能力、極めて優秀。
こう考えると物凄くパートナーに恵まれている筈なのに。
なぜだろう、この不安感は。
明けつつある夜空、地平線の先を眺めながら、速読丸は乾いた笑いをこぼすのだった。
「……人選、間違えたかなあ」
愛と勇気の魔法少女、パステル★オヅマ♪
彼女の活躍は、まだ始まったばかりだ!
〜END〜
■プロフィール
高空昴
風鈴色喫茶管理人。
URL : http://www1.odn.ne.jp/~ccx51600/
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