引き続き、1989年ですが、MOE出版というところから、MOE文庫スイートハートが創刊されました。
MOEは「萌」のことですが、現在の、「萌え〜」では、もちろんありません。絵本、画集、エッセイなどで有名な永田萌さんの作品を中心にした、「月間MOE」を出すために作られた、児童文学の偕成社の系列会社がMOE出版です。
このMOE文庫スイートハートは、新人の発掘に力を入れました。たぶん、ほぼ全員が新人だったのではないでしょうか。
矢崎ありみ「ありのままなら純情ボーイ」は、タイトルからは想像もつかない「てるてるゾンビ」なる、要するにてるてる坊主のお化けが巻き起こす騒動に巻き込まれる、ユーモア・ファンタジイで、これが現在の矢崎存美さんのデビュー作になるようですが、面白いんですね、これが。
また、この文庫の中では珍しく、MOE文庫出身ではない名木田恵子さんの「ナイトゲーム」(これは既刊本からの再録)は、ジャック・フィニイに匹敵する、アーバン・ファンタジイの傑作です。深夜の東京に浮かび上がる、もうひとつの「街」と、そこに生活する住人たちの詩情は、リリカルさといい、そのヴィジョンといい、もっと注目されていい作品です。これも、私がジュニア文庫のベストに推す作品です。
しかし、MOE文庫でいちばん有名になったのは、野原野枝実さんでしょう。「恋したら危機!」シリーズ三部作を初めとする野原さんの小説は、実は、女性の自立を前面にぐいっと押し出した、佳作揃いでした。野原さんが、のちに、たくましい女性の姿を書き、直木賞受賞からアメリカのエドガー賞候補(世界でも最も権威のあるとも言われるアメリカのミステリ賞)にまでノミネートされる、桐野夏生さんになることを知ると、それもうなずけます。
ここで私の考えを述べておくと、ジュニア文庫は、一般小説へのステップ、筆慣らしではないと思います。後に一般小説で成功する人は、ジュニア小説のときに、すでにうまかったのです。
そして、野原さんの作品でも特に注目すべき「トパーズ色のBAND伝説」を読むと、その主題は明らかになります。バンドをやっている彼氏に引きずられていた女の子が、ふとしたきっかけから、女の子だけのバンドを作り、『イカ天』に出るまでになります。『イカ天』も、もう説明が必要でしょうね。深夜の、インディーズバンドを発掘するテレビ番組で、ここからはフライング・キッズ、池田貴族、BEGIN、たまなど多くのバンドがデビューしました。
そして、ついにヒロインたちのバンドは、困難を乗り越え、その頃にはもうライバルに変わっていた元・彼氏のバンドに勝ってしまいます。彼女は、バンドへの憧れを現実の力に変えて、自分が打ち込めるものを見出したのでした。男の子ではなく。
もう一つ、これも傑作だなあ、と思うのが、「プールサイド・ファンタジー」と副題のついた、「急がないと夏が……」です。憧れの彼を捜して、早朝の井の頭公園のプールに来たヒロインは、別の少年と出会います。どこか奇妙なところのある少年が、ヒロインの頭に引っかかり始め、やがて意外な事実が明らかになります。結末の余韻も含めて、アーバン・ファンタジイの傑作です。
こうした作品があり、また、白を基調にした上品な装幀にも関わらず、MOE文庫スイートハートは売り上げを伸ばすことができず、約40冊で終わってしまいます。直後、MOE出版自体が解散になり、雑誌「MOE」は白泉社に売られ、その他の出版権は、偕成社に売却されました。
1989年のラッシュはまだまだ続きます。今度は双葉社から、いちご文庫ティーンズ・メイトが創刊されます。
このシリーズも、約51冊ぐらいで終わりますが、今回は、詳しく内容を挙げることができません。というのは、ついこの前、見つからなかった最後の2冊が手に入り、これからゆっくり、暇を見て読むところだからです。
これを機に、全巻読破、というのも考えましたが、少しは老後の楽しみを残しておいて下さい(笑)。
ただ、情報を書くことは、できます。いちご文庫は、双葉社の看板雑誌「小説推理」の担当者が命じられて作りました。そのため、自分が担当している、ミステリ、SF、ファンタジイの若手作家に、多くは変名で書かせた作品が殆どだと言うのです。
ティーンズハートでも、津原泰水さんが「やすみ」、北原尚彦さんが「なおみ」というように、性別が曖昧になるようにされました。そのほうが、女の子の共感を呼ぶ、という編集部の考え方だったようです。いちご文庫でも、それは踏襲されました。また、一般小説を書いている作家の中には、やはりピンク色の背表紙の、女の子小説を書くのをよしとせず、自ら変名で書いた人もいるようです。
しかしそれだけに、内容は充実している――はずです。かろうじて読んでいる中でも、青山優さん(有名なホラー作家の実質長篇デビューだが、公開情報かどうか分からないので伏せておきます)の「魔法みたいにキャンディ・ナイト」は、お菓子がモンスター化するという所で、かろうじて少女文庫の体裁を保っていますが、内容の怪奇さと、結末に到っては、完全なホラーです。名前が女性にも読めるため、ふだんと同じペンネームで出された横溝美晶さんの「さくらのどきどきスクール・パニック」は、骨格のしっかりした学園小説です。某所で横溝さんにお会いしたとき、怖いもの知らずの私は、ばりばりのバイオレンス作家・横溝さんに向かって、「いちご文庫で書いていらっしゃいましたね」とあいさつしてしまい、「あれは僕の汚点です」と、きっぱりと言われてしまいました。それはまあ、それまでもその後も男くさいバイオレンス小説を書いている横溝さんが、少女小説文体で小説を書いただけでも、辛かったとは思います。もっとも、心優しい横溝さんは、ちょうど隣にいた太田忠司さんが、「彼はジュニア文庫を集めているんですよ」とフォローして下さると、「それは、がんばって下さい」と言って下さいましたが。
他に、正体が分かっているのでは、本名で書いている井上祐美子さん(現在は中国伝奇小説で活躍中)ですとか、その他、推測できる作家もいるのですが、正体を暴くことが私の目的ではありません。それはイエロー・ジャーナリズムにつながりかねない。
それよりも、一日も早く読破して、実際、名だたる作家たちがどのように腕を振るったかを明らかにしたいと思っています。
ちなみに、いちご文庫は、マイナーに見えるでしょうが、そんなに売り上げは悪くなかったようです。しかし、出版社の事情で休刊になってしまいました。
1989年には、学研のレモン文庫も創刊されました。この文庫は、現在蒐集中ですが、とりあえず、森奈津子さんを世に送り出した文庫、として記憶されるべきでしょう。
性愛小説と、SF、ホラーなどを融合させて、独自の、きりっとした性愛観を一貫して書き続けている森さんの作品は、新作「からくりアンモラル」(早川書房)などで読むことができますが、レモン文庫で世に出た頃から、その男女観、特に女性観は突出していました。代表作「お嬢様」シリーズは、現在、復刊ドットコムで復刊交渉中とのことですので、皆さんが読むことができる日も近いのではないかと思います。うちにある本を読むと、なるほど、ある種エキセントリックなまでの人物による、男女観の面白さがすでに表われていて、読む手が止まりません。
当時、私のように物好きだった、「活字が載っていれば新聞広告でも読む男」が、「森奈津子っていう新人がすごいんですよ!」と興奮していたのを思い出しますが、私が実際に森さんの小説を読んで感嘆したのは、もう少し後のことでした。
レモン文庫は、1996年まで続いた、かなり寿命の長い文庫で、まだ蒐集に手をつけたばかりなのですが、これから、どんな鉱脈に出会えるのか、楽しみです。
少女文庫の話に流れが傾いていますので、もうちょっと追ってみましょう。1990年には、ソノラマからパンプキン文庫が出ています。漫画雑誌「ハロウィン」が当たったことから生まれたと思われる文庫ですが、寿命は短く、10冊ほどでした。書いた作家は、あおい飛咲、秋月達郎、小野不由美、霜島ケイ、十々樹りえ。秋月さん、霜島さんも、現在も活躍していますが、小野さんの「呪われた十七歳」「グリーンホームの亡霊たち」は、その後、加筆訂正されて、「過ぎる十七の春」「緑の我が家」とそれぞれ改題されて、X文庫ホワイトハートに収録されています。
1991年には、すでに書いたX文庫ホワイトハートが創刊。最初は、主に20代を狙ったと思われる、恋愛小説が多く出ていました。私の印象に残っているのは、ミステリ、ファンタジイと多才な活躍をする斎藤肇さんのリリカルな時間ファンタジイ「レミニッスンス」、津原やすみさんの上質な少女小説「ロマンスの花束」などです。
同じく1991年、小学館からパレット文庫が出て、ホワイトハートに当たるキャンバス文庫(1993年)と共に、今も続いています。この辺になると、蒐集が全く追いついていなくて、ほとんど何も言えないのですが、辻真先さんから花井愛子さん、コバルトの島村洋子さんなど、広い範囲の作家を集めていて、また、漫画家の篠原千絵さんのリーインカーネーションもの「還ってきた娘」全4冊、島村洋子さんの、本気で怖い吸血鬼小説「ばんぱいあ」上下など、異色作は、いろいろとありそうです。
1992年には、角川ルビー文庫が創刊されています。初めは、故・岸田理生さんによる映画「1999年の夏休み」のノヴェライズなど、少女向けの文庫、ということでしたが、その後、たぶん初めてジュニア文庫でやおいを取り上げ、そちらの方向へ路線が向かっていきました。私はやおいには全く興味が持てないので、そこで追いかけるのをやめました。
現在、少女文庫で残っているのは、コバルト文庫と、かろうじてのティーンズハート、ホワイトハート、パレット文庫、キャンバス文庫と、最近創刊された角川ビーンズ文庫、これぐらいだと思います。かなり発行点数も落ち、淋しい限りです。
では、少女たちは、どこへ行ったのでしょう。知り合いの編集者の言うことを信じるのなら、もはやジュニア文庫に、少年少女の別はなく、みんな電撃文庫やファミ通文庫を読んでいて、もしくはやおいに走っていると言うのですが……。
それでは、あの恋愛小説ブームは、どこに吸収されたのか、とても疑問に思います。
一つ、回答として得られているのは、いま私が書いている富士見ミステリー文庫が、女の子受けがいいということで、「L・O・V・E」を前面に掲げていることです。恥ずかしい、と言わないで下さい。私だって恥ずかしい。
富士見ミステリー文庫の読者とは、携帯メールなどを通じて交流を図っていますが、多くの女の子が、西尾維新さんや、人によっては京極夏彦さんなどを読んでいるようです。あるいは、少女読者は、この方向に吸収されたのかもしれません。確証はありませんが……。
少女にこだわる私としては、少女小説の時代よもう一度、と思わずにはいられません。読み手としても、書き手としても。
原稿受取日 2004.5.22
公開日 2004.6.20
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