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ライトノベル・ファンパーティー
illust. とり(とりの物置き

英雄譚の末裔 (作:ぎをらむ)

1)はじめに

 古典的な英雄譚のパターンがライトノベルにどのように受け継がれているかについて書いてみたいと思います。
 ここでいう「パターン」とは、人によって「話形」とか「物語の構造」とも呼ばれるありがちなストーリー展開のことです。「お約束」とか「王道」と言っても良いでしょう。

 後半、「4)英雄譚の末裔」以降に前田珠子さんの「破妖の剣」(集英社コバルト文庫)、榊一郎さんの「スクラップド・プリンセス」(富士見ファンタジア文庫)、中村うさぎさんの「ゴクドーくん漫遊記」(角川スニーカー文庫)についてのネタばれがありますのでご注意を。



2)英雄譚の1つのパターン

 まず次のa〜hをご覧下さいませ。

 a.英雄は、高位の両親、一般には王の血筋に連なる息子である。
 b.彼の誕生には困難が伴う。
 c.予言によって、父親が子供の誕生を恐れる。
 d.子供は、箱、かごなどに入れられて川に捨てられる。
 e.子供は、動物とか身分のいやしい人々に救われる。彼は、牝の動物かいやしい女によって養われる。
 f.大人になって、子供は貴い血筋の両親を見出す。この再会の方法は、物語によってかなり異なる。
 g.子供は、生みの父親に復讐する。
 h.子供は認知され、最高の栄誉を受ける。
 (大塚英志著「物語の体操」(朝日新聞社)58〜59ページによる。)

 これは20世紀前半に精神分析家オットー・ランクが提案した英雄譚の1つのパターンです。一種の「貴種流離譚」ですね。原典は恐らくオットー・ランク著、野田倬訳「英雄誕生の神話」(人文書院)だと思いますが、現在は絶版で入手困難なため確認できていません。「物語の体操」では、このパターンはランクが古今の英雄神話から共通の構造を抜き出したものだと書いてありますが、実際に英雄神話にどう当てはまるかまでは詳しく書いてありません。



3)古典の中の英雄譚

 ということで、まずはヨーロッパの古典的な英雄譚がランクのパターンにどういう風に当てはまるのか見てみましょう。ここではギリシャ神話を代表する英雄ペルセウスの物語、ローマ神話でローマを建国する英雄ロムルスとレムスの物語、そして北欧神話を元にワーグナーが書いたオペラ「ニーベルングの指環」からジークフリート(もちろん北欧神話を代表する英雄です)の物語を例にしてみます。
 
表1 ランクの英雄譚のパターンを古典に当てはめてみる
ランクの
英雄譚のパターン
ペルセウス
(ギリシャ神話)
ロムルスとレムス
(ローマ神話)
ジークフリート
(ワーグナーの「ニーベルングの指環」)
a.英雄は、高位の両親、一般には王の血筋に連なる息子である。
ペルセウスはアルゴス王アクリシオスの孫。大神ゼウスの息子。
ロムルスとレムスはアルバ・ロンガ王ヌミトルの孫。戦神マルスの息子。
ジークフリートは大神ヴォータンの孫。
b.彼の誕生には困難が伴う。
アクリシオスの娘ダナエが塔に幽閉されるが、ゼウスが塔に忍び込み、ダナエに息子を産ませる。(をい)
この息子がペルセウス。
ヌミトルの娘レア・シルビアが神殿に幽閉されるが、マルスが神殿に忍び込み、シルビアに双子の息子を産ませる。(またかよ)
この息子がロムルスとレムス。
レア・シルビアはアクリシオスの弟アムリウスに殺される。
ジークフリートの父ジークムントは、ヴォータンに剣ノートゥングを折られて間接的に殺されてしまう。ジークフリートの母ジークリンデもヴォータンに殺されそうになるがワルキューレのブリュンヒルデに救われる。
c.予言によって、父親が子供の誕生を恐れる。
「アクリシオスは孫に殺される」という神託がある。(このため、アクリシオスがダナエを幽閉していた。)
アムリウスはアクリシオスから王位を奪うが、レア・シルビアに王子が産まれると王位を奪い返されるのではないかと恐れていた。(このため、アムリウスがレア・シルビアを幽閉していた。)
ブリュンヒルデが「ジークフリートがノートゥングを復活させる」と予言する。(暗にジークフリートがヴォータンを倒してジークムントの仇を討つことを匂わせる。)
d.子供は、箱、かごなどに入れられて川に捨てられる。
アクリシオスはダナエとペルセウスを箱に入れて海に流す。
アムリウスはロムルスとレムスを殺そうとするが、アムリウスの部下はロムルスとレムスをかごに入れて川に流す。
(あまり当てはまらない。)
e.子供は、動物とか身分のいやしい人々に救われる。彼は、牝の動物かいやしい女によって養われる。
ダナエとペルセウスは漁師に拾われる。
(養われるところはあまり当てはまらないが、王女ではなくなったダナエが相当するかも。)
ロムルスとレムスは牝狼に拾われ、育てられる。
ジークフリートはニーベルング族のミーメに拾われる。
(養われるところはあまり当てはまらない。)
f.大人になって、子供は貴い血筋の両親を見出す。この再会の方法は、物語によってかなり異なる。
ペルセウスは自分の出生を知らされる。
ロムルスとレムスが祖父ヌミトルと再会。
ジークフリートは父親の剣のノートゥングを鍛え直すことを通して自分の出生を知っていく。
g.子供は、生みの父親に復讐する。
ペルセウスに復讐心はなかったが、ペルセウスの投げた円盤が偶然祖父アクリシオスに当って、アクリシオスは死んでしまう。
ロムルスとレムスが大叔父アムリウスを殺す。
ジークフリートはブリュンヒルデが眠っている炎の山に登る途中で、阻止しようとするヴォータンをノートゥングで撃退する。
h.子供は認知され、最高の栄誉を受ける。
ペルセウスがアルゴス王になる。
その他、ゴーゴン・メデューサを倒したり、ペガサスを手に入れたり、王女アンドロメダを救出して結婚したり、etc・・・。
叔父ヌミトルがアルバ・ロンガ王に復位。ロムルスは育った場所に戻り初代ローマ王になる。
大蛇ファフナーを倒したり、ニーベルングの指環を手に入れたり、ブリュンヒルデを救出して結婚したり、etc・・・。
 
 まあ、「f」や「h」はどうとでも解釈できるのですが、ロムルスとレムスの物語はそれ以外でも完璧に当てはまりますし、ペルセウスの物語もほとんど当てはまります。というか同じ南欧の神話だけあってペルセウスの物語とロムルスとレムスの物語は最初の方が良く似ていますよね。
 一方北欧のジークフリートの場合は「d」「e」のところが弱いです。この辺りがランクのパターンのちょっと疑問なところですが、そこを差し引いてもランクはよくこのパターンを導き出したと思います。私なんかでは絶対に思い付きません。



4)英雄譚の末裔

 では、このコラムは「ライトノベル・ファンパーティー」でやっている訳ですから、折角ですのでライトノベルにもランクの英雄譚のパターンを当てはめてみましょう。
 といってもライトノベルのストーリーは千差万別です。ここではランクの英雄譚のパターンを当てはめやすそうな作品を意図的に3つ選んでみました。前田珠子さんの「破妖の剣」(集英社コバルト文庫)、榊一郎さんの「スクラップド・プリンセス」(富士見ファンタジア文庫)、そして中村うさぎさんの「ゴクドーくん漫遊記」(角川スニーカー文庫)です。いずれもそのレーベルの看板作品となったヒット作です。
 
表2 ライトノベルに当てはめてみる
ランクの
英雄譚のパターン
破妖の剣
スクラップド・プリンセス
ゴクドーくん漫遊記
a.英雄は、高位の両親、一般には王の血筋に連なる息子である。
ラエスリールは金の妖主の娘。
パシフィカはラインヴァン王バルテリクの娘。
ゴクドーとセイギはエシャロット王の息子。元々1人。
b.彼の誕生には困難が伴う。
金の妖主の部下がラエスリールの母親チェリクを殺す。弟リーダイルと生き別れ、金の妖主も失踪。
パシフィカは双子の兄フォルシスと生き別れる。
エシャロット王がゴクドーとセイギの母親である王妃を殺す。ゴクドーとセイギも生き(?)別れる。
c.予言によって、父親が子供の誕生を恐れる。
(ラエスリールは世界の均衡を崩すものとして恐れられているらしいが、その理由ははっきり明かされていない。)
「パシフィカは世界を滅ぼす猛毒」という「グレンデルの託宣」がある。
占いババアが「エシャロット王は息子に殺される」と予言する。
d.子供は、箱、かごなどに入れられて川に捨てられる。
(あまり当てはまらない。)
パシフィカは谷に落とされる。
あまり当てはまらないが、元々1人だったゴクドーとセイギは2つに引き裂かれて殺され、袋に入れられて森に捨てられる。
e.子供は、動物とか身分のいやしい人々に救われる。彼は、牝の動物かいやしい女によって養われる。
ラエスリールはマンスラムに引き取られ、育てられる。
「護り手」闇主もここに相当するかも。
パシフィカはカスール夫婦に預けられる。
養われるところは「守護者」であるシャノンとラクウェルに相当するかも。
ゴクドーとセイギは占いババアによって生き返らせられ、ゴクドーは酔っ払いに、セイギは農夫に預けられる。
養われるところはあまり当てはまらないが、占いババアの庇護を受けているとも言えるかも。
f.大人になって、子供は貴い血筋の両親を見出す。この再会の方法は、物語によってかなり異なる。
ラエスリールは魔性との戦いを通して自分の出生の秘密を知っていく。
パシフィカはユーマ・カスールの遺書から自分の出生の秘密を知る。
ゴクドーとセイギは占いババアから自分の出生の秘密を知らされる。
g.子供は、生みの父親に復讐する。
ラエスリールが金の妖主を殺す。(濡れ衣?)
パシフィカに復讐心はないが、結果的にバルテリクは失脚&行方不明。王妃エルマイアはパシフィカにみとられて獄死。
ゴクドーとセイギがエシャロット王を殺す。
h.子供は認知され、最高の栄誉を受ける。
果たして・・・?
パシフィカが王女として復権。再会したフォルシスがラインヴァン王になる。
セイギがエシャロット王になる。ゴクドーも王になる権利を得るが放棄する。
 
 あくまで私の主観ですけれども、「d」「e」のところが弱いものの、3作品ともランクのパターンが当てはまっていると思います。
 
 まず「破妖の剣」から見ていきましょう。ランクのパターンは恐らく男性の英雄を想定したものなので、英雄が女性、つまりヒロインの場合は「父親」「牝の動物かいやしい女」の性別が入れ替わって「母親」「牡の動物かいやしい男」になりそうなものですが、「破妖の剣」の場合はあまりそういうことを考えなくて良さそうです。ラエスリールは父親の金の妖主と対立する(本人は望んでいないでしょうが)関係にありますし、育ててくれるのは義母のマンスラムです。ただラエスリールの「護り手」である闇主は「e」に当たる訳ですが、「牝の動物かいやしい女」ではなく、むしろ「高貴な男」です(キャラはともかく生まれは高貴です。笑)。ここのところは少女向けの作品であることの反映なのでしょうか。
 
 対して「スクラップド・プリンセス」では、主役パシフィカが女性であることである程度「父親」「牝の動物かいやしい女」の性別が入れ替わっているようです。例えば父王バルテリクの存在感が薄いですし、クライマックスではパシフィカが父王ではなく、母親エルマイアの死を乗り越えていきます。また、パシフィカには「守護者」である義兄シャノンと義姉ラクウェルがいますが、彼らが「e」の養い手に当てはまりそうです。シャノンは狼犬にもなりますしね。(笑)
 榊一郎さんは「スクラップド・プリンセス」の他にも「ドラゴンズ・ウィル」(富士見ファンタジア文庫)、「イコノクラスト!」(MF文庫J)などで「英雄」をテーマに扱われているので、ストーリー展開を調べてみると面白いかも知れません。
 
 そして「ゴクドーくん漫遊記」なのですが、これがもう古典作品なみにランクのパターンが当てはまってしまって驚きです。これを見て『をを!「ゴクドーくん漫遊記」ってなんて本格的な英雄譚なんだ!』って思われる方がいらっしゃるかも知れませんが、そういう先入観で読まれると怒って本を壁に投げつけることになるかも知れません(笑)。
 ちなみに中村うさぎさんは何も考えずに書かれたらしいですが、それでこれだけパターンを踏襲できるというのも凄いことです。
 
 3作とも主役と対照的な兄弟姉妹がいるのも面白いですね。ラエスリールにはリーダイル、パシフィカにはフォルシス、ゴクドーにはセイギがいます。「スクラップド・プリンセス」13巻あとがきによると構想段階では「スクラップド・プリンセス」はシャノンの1人称だったとのことですが、シャノンにもラクウェルがいます。



5)アンチヒロイック

 ここでちょっとおまけの話をいたします。
 シリアスな「破妖の剣」「スクラップド・プリンセス」の主役であるラエスリール、パシフィカ、それにシャノンは葛藤を抱え込んだ悩める英雄です。それに対しギャグ調の「ゴクドーくん漫遊記」のゴクドーはまったくもってして悩みのないアンチヒーローです。たまたま私の選んだ3作がこういう対比になっているだけなのかも知れませんが、この対比に関係しそうなこととして、ひかわ玲子さんが「うきゃうきゃ対談 中村うさぎのすきだぜっ!!ファンタジー」の中で(中村うさぎさんとの対談形式で)興味深いことを言われています。ちょっと長いですが、その部分を引用します。

 ひかわ「アメリカとかイギリスで起こったヒロイックファンタジームーブメント、っていう言葉は実は今、日本で考えられているその言葉のイメージとはちょっと違って、むしろ現代的なヒーローに対するアンチヒーロー的なところから始まっているんです。」
(中略)
 ひかわ「民族的な葛藤とか、宗教的な葛藤とか、そういうものに対してスカッ、っと爽快、っていう、わかりやすいヒーローというものが葛藤する英雄に対するアンチヒーローとして出てきたものなんですよ。」
(中略)
 ひかわ「欧米においてヒロイックファンタジーって呼ばれているものはそういう公共の利益のために働かない、そういう非常に痛快なファンタジーのことを言うんですよね。私はなにかね、最近、日本における本当の意味でのヒロイックファンタジーって何なのかな、って考えたら、もしかしたら『スレイヤーズ』になっちゃったかもしれない、ってこの間考えたんですけどね(笑)」
(中略)
 ひかわ「まあ、正統派ファンタジーっていうのが言ってみれば古典的な英雄かそれを現代的な英雄にアレンジしたいわゆる本当のヒーロー物語ですよね。で、そうした葛藤を斬るアンチヒーローとして出てくるヒロイックファンタジーってものが出てくる。ただ日本ってやっぱりそこまでの民族的葛藤とかそういうものが国内にないもんですから、どうしてもギャグに(笑)、いってしまう傾向があるかもしれないですね」
 (中村うさぎ著「うきゃうきゃ対談 中村うさぎのすきだぜっ!!ファンタジー」(メディアワークス)234〜237ページによる。)

 「民族的葛藤がないからギャグにいってしまう」ところの因果関係が私にはよく理解できていないのですが、それはともかくゴクドーも神坂一さん著「スレイヤーズ!」(富士見ファンタジア文庫)の主役リナ・インバースも、葛藤を斬るアンチヒーロー/ヒロインであり、かつギャグ調のキャラクターであることは確かです。ひかわ玲子さんはかなり良いところを突いているのかも知れません。
 そして、神坂一さんはリナ・インバースのような葛藤を斬るアンチヒロインを描く一方で、「日帰りクエスト」(角川スニーカー文庫)や「クロスカディア」(富士見ファンタジア文庫)のように民族的葛藤を扱う作品もよく描いています。神坂一さんの作品には現代の欧米的な英雄&アンチヒーロー像の影響があるようなのです。



6)おわりに

 今回調べていてまず思ったことは、物語の類似性というのは意外と気付きにくいものだということでした。ランクの英雄譚のパターンを知るまで、私は「ゴクドーくん漫遊記」がこんなにベタな物語であるとは夢にも思いませんでした。というかゴクドーのキャラクターがあまりに強烈なので、どんなストーリーだったか憶えていませんでした。(笑)
 
 上に挙げた「破妖の剣」「スクラップド・プリンセス」「ゴクドーくん漫遊記」は主役のキャラクターがそれぞれ大きく異なります。特にライトノベルのような娯楽作品では、主役のキャラクターがその作品の方向性を印象付けるものになるでしょう。しかし、キャラクターを考えないで物語の展開だけを見てみると、偶然とは言い難い類似性があります。
 古典的な英雄譚と現代のライトノベルでは、主役のキャラクターはまるで違うものでしょう。けれども古典的な英雄譚に見られる物語は、現代のライトノベルにも生き残っているようです。その時代時代で受け入れられるキャラクターはめまぐるしく変化していっても、その裏に流れる物語は比較的変化しないものなのではないか、と思いました。
 
 それから、今回はライトノベルとしてファンタジー色の強い作品ばかりを例にしましたが、ランクのパターンがファンタジー色の強い「神話」というものをヒントにしているだけで、別にファンタジーだけに当てはめる必要性はありません。ファンタジーではない作品でも、強烈なキャラクターと学園モノやらミステリーやらSFやらの設定の裏に英雄譚のパターンを隠し持っている作品があるでしょう。ランクの英雄譚のパターンはかなり具体的なものですが、よりかみくだいて研究したものとして、ウラジミール・プロップの「魔法民話の31の機能分類」や、ジョゼフ・キャンベル著「千の顔をもつ英雄」(人文書院)などもあります。
 
 貴方の好きな作品をそうした英雄譚のパターンに当てはめてみるのも面白いのではないかと思います。純粋に物語を楽しむために必要なものではありません、というか余計なことなのかも知れませんが、きっと、あっと驚く発見があるはずです。
 
 それでは、ここまで読んで頂き、ありがとうございました。



■プロフィール

ぎをらむ
竜人館管理人。
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